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もうじやのたわむれ 118 [もうじやのたわむれ 4 創作]

「ああ、そうなんですか」
「三途の河の港湾施設やこの閻魔庁とは高い塀と頑丈な門で隔絶されておるが、周辺は一般の霊が居住する街として整備されておるし、その居住スペースのちょいと先には三途の川に面してなかなか洒落た別荘なんぞも分譲されておるわい」
「ああ、別荘地が在ると云うのは審問官さんだったか記録さんだったかに、確か聞いたような気がしますよ。風光明美な格安の別荘地として、最近売り出されているとかなんとか」
 拙生は云いながら数度頷くのでありました。
「そうじゃ。結構人気の別荘地でな、各地方からの問いあわせも多いと聞いておる」
「居住スペースの方は、近年新しく一般の霊に開放されたと云う事ですが、他の八大地方に比べて、特段不便なところなんかはないのでしょうかね?」
「殊更の不便は何もないな。寧ろ他の地方よりも住み易いかも知れんぞ。気候的には四季もはっきりしておるし、夫々の季節で夫々の味わいもあるし、三途の川に臨んで景色も良いし。暮らしの利便性と云う点でも、元々我々が住んでおったのじゃから、生活インフラも充分整備されておる。まあ、強いて難点を挙げるとすればじゃな、・・・」
 閻魔大王官はそこまで云って、片手に持っていた巻物でもう片方の掌をポンと打つのでありました。その巻物には何が書いてあるのだろうかと、拙生はふと思うのでありました。
「何か難点があるのですか?」
 拙生は巻物に目を留めてそう聞くのでありました。
「いやまあ、ここでは就職口があんまり豊富にないのじゃよ」
「新興地だけに、産業の育成が未だ不備であると云う事でしょうか?」
「そうじゃな。工業団地なんぞを作って、各地方から様々な企業を誘致これ努めておるのじゃが、なかなか応募が芳しく集まらんと聞いておるわい。それで今度ここの第二代目の郡長になった、ええと確か、渋沢さんとか云ったな、名前が。・・・」
 閻魔大王官はその名前を思い出そうと首を傾げて暫し俯くのでありました。「ああそうじゃそうじゃ、渋沢栄一さんじゃった。その郡長さんが若いのにえらい経済通じゃと云う事で、住霊の間でも当地での産業育成に期待が高まっておるらしいぞ」
「ああ、渋沢栄一さんですか」
「お手前、知っておるのかいの?」
「娑婆では日本の明治時代初期の殖産興業に、多大な貢献をされた方です。まあ、娑婆のその方と、名前から推察する限りの同一人物、いや、同一霊物、いやこれも違うな。・・・」
 拙生は言葉に迷うのでありました。「同一人霊物、ならと云うことですがね。なにせ改名が自由なこちらの風習と云うのか制度と云うのか、それがあるので、その人の生まれ変わりであると断言は出来ませんがね、今のところ私には」
「ああそうかいの。いやまあしかし、兎に角、話しをこの郡の実情の事に戻せば、働き口の種類や量が未だ不足しておるのじゃよ、今のこの郡に於いては」
「こちらの居住地は、地方、とは云わないのでしょうか?」
「そうじゃな。未だ地方と呼ぶには小さすぎるからの」
(続)
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