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もうじやのたわむれ 112 [もうじやのたわむれ 4 創作]

「一つお聞きしますが、貴方は娑婆から来たばかりの、未だ極楽省の省霊でもない私に対して、何がしかの権限を行使する力とか権利のようなものをお持ちりなのでしょうか?」
 拙生はやや眉根を寄せて両目を細めて、冷えた声でそう聞くのでありました。
「いや、そんなものは持ちはせん」
「ではここでこうして向かいあっているお互いの立場は、対等と云う事ですかね?」
「ま、そうなる」
「だったら、おいこら! 言葉遣いと態度にもうちっと気をつけやがれ、この木端役人」
 拙生はいきなり尻を捲るのでありました。お地蔵さんは一瞬拙生の語勢に怯むような表情をした後、すぐにそれを取り繕うように目を仁王様のように怒らせるのでありました。その大きく見開かれた瞼の中の目玉に、赤い細い雷の軌跡のように走る血管が、何本もくっきり浮き出るのでありました。顔色が、涎かけの色と同じになるのでありました。
「何だと!」
 お地蔵さんは両の掌で事務机を力一杯叩くのでありました。すかさず拙生も対抗上、より大きな音をさせて机を両手で同じように叩くのでありました。お地蔵さんはその音にたじろいで、反射的に身を後ろに引くのでありました。
「何だも神田もねえ! 下手に出ていればどこまでも調子に乗りやがって、冗談じゃねえ。何様のつもりでいるんだ。立場が対等なら、何も涎かけ野郎に謙る筋合いはないわ」
 拙生は椅子から立ち上がって右手で拳を作り、机越しにお地蔵さんの涎かけのかかった胸倉を掴もうと、左手を伸ばすのでありました。
「暴力はいかんぞ、暴力は!」
 お地蔵さんは拙生の左手から逃れようと、もっと後方に身を逃すのでありました。お地蔵さんの座っている事務椅子の背凭れが、悲鳴のような軋む音を立てるのでありました。
「おいおい、閻魔庁の備品を手荒く扱うなと、さっきから云っておるじゃろうが」
 閻魔大王官の声が、緊張した拙生とお地蔵さんの間に割って入るのでありました。それから手を上げて、後ろに控える五官にサインを送ると、その合図にすぐさま反応して五官が皆、纏っている大時代的な装束が機敏な動きを邪魔するのももどかしそうに、それでも案外きびきびと、小走りでこちらにやって来るのでありました。
 立ち上がった拙生の横に二人、いや二霊、背後に一霊、それから座っているお地蔵さんの左右に夫々一霊立って、そう云う陣形で彼等は仲裁に当たろうとするのでありました。
「亡者様、どうか一つ、冷静にお願い致します」
 拙生の右横に立った一番年嵩らしい補佐官が辞を低くして、手に持った巻物を拙生の二の腕に軽く当てながら云うのでありました。その困惑したような表情には、拙生に対する対抗的な色は全く見られないのでありました。審問室での審問官や記録官と同じような、ごく謙った親和的な態度であります。目をパチパチして本当に困っているようなその表情を見ていると、拙生の怒気はあっさり萎えて仕舞うのでありました。
「ああいやどうも、迂闊にも取り乱して仕舞いました」
 拙生は苦笑ってそう云いながら、ゆっくりと椅子に再び腰かけるのでありました。
(続)
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