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もうじやのたわむれ 111 [もうじやのたわむれ 4 創作]

 拙生はこれ以上お地蔵さんと話しを続けるのが、妙に億劫になってくるのでありました。極楽省の事にしても、この先実相を様々聞いたからと云って、拙生にはあんまり魅力的な処には思えないでありましょうし。ここは最後に、大いにお地蔵さんに怒られて、さっさとこの事務机の前から去った方が、精神衛生上得策と云うものであります。
「まあ、極楽省の事情は大体判りました」
 拙生は話しを切り上げるためにそう云うのでありました。
「未だ、極楽紹介のさわりしか語ってはおらんのに、何が大体判りました、だ。それだけを聞いて極楽省の事が判った等とは、お前さんはかなりおっちょこちょいのようだな」
 お地蔵さんが拙生の言葉にいちゃもんをつけるのでありました。
「いやもう、それ以上は結構ですよ」
「これから縷々極楽省の素晴らしさを、つまり、万事が地獄省なんかに比べて先進的である事とか、国力、いや、省力に大差がある事とか、阿弥陀九字王の英明さであるとか、我々官吏の優秀さであるとか、人材、いや霊材の豊富さであるとか、省土の住みやすさであるとか、どんな身分の省霊も贅沢をしなければ幸福で安楽に暮らせる、その仕組みであるとか、色々紹介せねばならん事があると云うのに、お前さんはそれが聞きたくはないのか?」
「なんかもう、それ以上聞いても私には無意味なような気がします」
 拙生はそう云って小さい欠伸をするのでありました。その拙生の態度にお地蔵さんの眉尻がピクンと動くのでありました。しかしもう拙生はたじろがないのでありました。
「これは異な事を云うな。娑婆にいる時には極楽往生を願っていたであろうに、それがここにきて急に宗旨替えか?」
「今までの貴方のお話しを聞いていると、極楽省は住むにはなんとなく窮屈で陰鬱な処のような気がしてきました。まあ本当は、極楽省は素晴らしい楽土であるのかも知れませんが、しかし貴方かのお話しの仕方では、その魅力がさっぱり伝わってきませんしね」
 お地蔵さんの眉尻がまた、ピクンピクンと二度動くのでありました。
「この吾輩の話し方に問題があるとでも云うのかね?」
「貴方の話しぶりは、審問室での審問官さんや記録官さんに比べると、なんかげんなりする程居丈高ですし、閻魔大王官さんの軽い一言には大いに噛みつくくせに、ご自身の明らかに不当と思える発言には全く無頓着だし、そう云う方が高級官吏として極楽省を統べているとなると、多分省霊に対しても、特に下級身分の省霊に対して、生活上の一々に細々とした干渉をしているのであろうし、そのくせ上級身分の省霊や裕福な省霊に対しては、なんでも大目に見るのであろうし、貴方がた官吏は放漫なくせに傲慢であろうし、まあ、そんな印象をしか持てませんからね。だから私には窮屈で陰鬱な省のような気がします」
「そんな事があるものか。極楽省は本当に素晴らしい省なのだ」
「その素晴らしい省を統べる官吏の貴方がそれでは、その素晴らしさも伝わりませんよ」
「吾輩は誠心誠意、丁重にお前さんと対しておるつもりだが」
 こんな言葉をしゃあしゃあと吐くとは、このお地蔵さんは拙生を端から舐め切っているのでありましょうか。こりゃ到底会話にならんと、拙生はため息をひとつ漏らすのでありました。その漏らした溜息の作用なのか、拙生の頭の中のなにかの線がぷつんと切れる音がするのでありました。
(続)
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