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もうじやのたわむれ 103 [もうじやのたわむれ 4 創作]

「兎に角、極楽省は代々の阿弥陀九字様を至高の王と仰ぎ、阿弥陀九字家を至尊の家としその悠久の繁栄を願い、それを優秀で清廉潔白な官僚が万全に補佐して省を治め、省霊もこの体制を絶対的に信頼支持して、当然のように献身的に省家のために尽くし、極楽省に在る万霊があらゆる苦悩から解放されて、豊かに幸福に快活に健全に清潔に廊下は静かに、互いに慈しみあって暮しておるそ。全く理想的な、この世の楽土であると云えようかな」
 お地蔵さんはそう云って重々しい仕草で合掌して見せるのでありました。
「この世の楽土は、娑婆から云えばあの世の楽土で、つまり要するに、極楽だ」
「そう云う事である」
「そこは娑婆の極楽観と概ね一致するわけですね、貴方のお言葉通りなら」
 拙生はそう云ってやや口を窄めて、顎を指で撫でるのでありました。
「極楽省に住む霊は皆、特に風呂に浸かった時などに、ああ極楽々々、等と云う言葉が竟口から出て仕舞うくらい、極楽省に住む幸せを何時も噛みしめておるのだ」
 そのお地蔵さんの云い草に拙生は思わず笑いそうになるのでありましたが、ひょっとしたらお地蔵さんは冗談とか軽口の積りでは端からなくて、ごく真面目に、ウケ狙いの意図等微塵もなくそう云っているのかも知れないし、ならば若し拙生がうっかり笑ったなら、またもや不謹慎であると怒られる可能性があるので、そこはグッと口腔の両側壁を奥歯で噛んで、零れる笑いを堪えようとするのでありました。前の審問室での審問官や記録官の気さくな雰囲気は、お地蔵さんからは今のところ全く感じられないのでありましたから。
「中には不満分子みたいな霊が、極楽省にも居るのではないですか?」
 拙生は恐る々々と云った言葉つきでそう聞くのでありました。
「そんな霊はおらん」
 お地蔵さんが言下に否定するのでありました。そのにべもない云い草に、拙生はそんな事もあるまいと内心大いに疑問に思いながらも、その次の言葉を継ぐのを諦めるのでありました。また怖い顔をして怒鳴られたりするのも心臓に良くないでありますし。いや尤も、拙生の心臓はとっくに停止しているから、こうしてここにいるわけでありましょうが。
 いや待てよ、と拙生はふと考えるのでありました。娑婆から去って荼毘にふされて、心臓から何からもう我が身体は綺麗さっぱり消滅しているはずでありますが、こうしてこちらの世に現れた拙生は、ちゃんと娑婆で持っていた物質としての体裁を質量共にその儘保持して、こうしてお地蔵さんの前で小さくなっているようでありますが、この今ここに在る拙生の肉体なんと云うものは、一体全体、どう云う具合のものなのでありましょうや。
 拙生は試しに手の甲を抓るのでありました。痛みがあればこれはもう完璧に、物体として解剖学的に完璧な肉体が蘇っている事になる筈であります。それにそうなれば、拙生は娑婆と同じ肉体を復元保持したまま、人間と云う存在から亡者と云う存在に移行した事になるわけであります。どうした按配ですっかり消滅したはずの、娑婆的なあまりに娑婆的なこの肉体が、また元通りに復元されたのでありましょうや。この辺の絡繰りはいったいどうなっているのでありましょうや。この点もちゃんと、先の審問室で審問官か記録官に聞いておけばよかったと、拙生は我が持ち前の迂闊さにげんなりするのでありました。
(続)
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