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もうじやのたわむれ 97 [もうじやのたわむれ 4 創作]

「ほいほい、ご随意に。たっぷり満足のいくまでやれば良いわい」
 閻魔大王官は些かげんなりしたような口調でそう云って、今まで乗り出していた上体をゆっくり後ろに引くのでありました。
「では私は、あそこの極楽省のお役人さんの処へ行けば宜しいので?」
 拙生は閻魔大王官に聞くのでありました。閻魔大王官はまた何か云って、石野地造さんに絡まれてもつまらないからか、口をへの字にした儘一度頷いて見せるのでありました。
 拙生は椅子から立ち上がると閻魔大王官に一礼して、少し入口の方へ戻って、極楽省の役人の前に立ってから、丁寧にお辞儀をするのでありました。
「では、その椅子に座りなさい」
 石野地造と云う変な名前の極楽省菩薩庁地蔵局の役人は、そう云って机の前の椅子を指差すのでありました。椅子の背もたれに深々と上体をあずけた儘で、拙生を上目でジロリと見る眼つきと云い、拙生に座れと促すその言葉遣いと云い、少々尊大な感じがするのでありました。前の、審問官や記録官の謙った態度とは、まるで違う印象であります。
「では、失礼します」
 事務机を間に挟んで拙生はお地蔵さんこと石野地造さんと向きあうのでありました。
「審問室でもう説明を受けたと思うが、こちらの世の事はもう大凡判っておるな?」
「ええ、まあ大体」
「こちらの世には極楽省と地獄省があって、亡者はどちらに住むか決めなければならんという事情も、もう飲みこんでおるのだな?」
「はい。その手続きで私はここへ参ったわけですよね?」
「まあ、そう云う事だ」
 お地蔵さんは拙生の目から視線を離さないで、無表情に何度か頷くのでありました。なんとなく対抗上、拙生もお地蔵さんの目を見据えるのでありました。別に対抗的な態度をとる必要はないのでありましょうが、拙生はなんか竟、このお地蔵さんの目には対抗したくなるのでありました。友好的な目線とはとても云えないと思ったからであります。
「亡者となる遥か前、娑婆で人間として生きていた頃からずっと、地獄に堕ちるよりも絶対に極楽往生を願っていたに違いなかろうから、地獄省なんかよりも極楽省に住む決心が、もうお前さんは当然のようについとるのだろう?」
 お地蔵さんは拙生の目線に全くたじろいだ風もなく、口の端に笑いを浮かべて、さも拙生の了見等はとっくにお見通しだと云う様な云い方をするのでありました。
「いやいや、未だそう決めてはおりませんよ」
「ほう、極楽往生をしたくない、地獄に堕ちたい、とでも云うのかね?」
「地獄に堕ちる、とか、極楽往生、と云うような表現をされるのは適切ではないと思いますが。極楽省と云う省に住むか、地獄省と云う省に住むかと云う、単なる居住地選択の問題でしょう。前の審問室では、そう聞いてきましたが」
「居住地選択ねえ。ふうん、そうかい」
 お地蔵さんは小さく鼻を鳴らすのでありました。
(続)
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