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もうじやのたわむれ 91 [もうじやのたわむれ 4 創作]

 拙生はそう云ってテーブルを二回指で軽く叩くのでありました。
「まあ、今後の事を専一にお考えになればよろしいかと思います」
 審問官がそう云って律義そうな物腰でお辞儀をして見せるのでありました。
「ところで、・・・」
 拙生は顔を起して、声の調子を少し変えて云うのでありました。「またもや話しの舵を曲げますが、前のお話しに依れば初代の鬼さん方も含めて、こちらの世は大体に於いて、あちらで亡くなった人間がやって来て構成している世なのですよね?」
「はい、そうですね」
「と云う事は、あちらの世が先ず在って、その後にこちらの世が出来たと云うわけですね?」
「そうです。あちらの世の方が、出来た順番が古いわけです」
「成程。そうなると、こちらの意思があちらの人間界を創り出したのでもないし、子のようなのこちらが親のようなのあちらを支配するなんと云うのは、筋違いな気もしますね」
「その通りです。向こうにいた人がこちらに来て構成しているこちらの世なのですから、こちらの方があちらに比べて、技術にしても考え方にしても、万事にちょいと遅れている事になるのです。どちらかと云うとあちらの方が何でも先を行っているのですよ」
 審問官がそう云って、なんとなく拙生に丁寧に頭を下げて見せるのでありました。
「するとすると、あちらの世の前にあったはずの、どうたら界、の方がより進んでいて、そのまた前の、こうたら界、の方がそれよりももっともっと進んでいると云う事ですね?」
「はい、そう云う風になりますな」
「だから、こちらの世よりもその後の、素界、の方が遅れているのですね、そうすると?」
「そうです。こちら在っての素界ですし、あちらの世在ってのこちらの世です」
「向こうでは何かやたらと、こちらの世の方が須らく優越な世界であると云う認識でいたのですが、そう云う点では、こちらの世が向こうの世を追いかけているわけだ」
「そうです。ですから闇雲にこちらを有難がる必要なんかなかったのです、実は」
「寧ろこちらよりも、あちらの世の前に在ったはずの、どうたら界、の方を尊重すべきだったのかも知れませんね、あちらの世の人間共は。まあ、娑婆の前にどうたら界があるなんて、これっぽっちも知らなかったものだから、今となってはもう仕方ないですがね」
「ですから、こちらではあちらの世を大いに敬っております。色々な、進んだあちらの世の経験とか技術なんかを享受させて貰っておるのですから」
「先ず以って、向こうの世が存在しないのなら、こちらの世も存在しないのです」
 これは記録官が云うのでありました。「ですから私なんか毎日、朝飯の前に、向こうの世の事を思って、ああ有難いものだ、と掌をあわせておりますよ」
 記録官が合掌すると、審問官もそれに倣って合掌瞑目するのでありました。なんとなく、それは拙生に対して合掌しているような風で、拙生は少したじろいで、審問官と記録官の方に向かっておろおろと、一緒になって無意味に合掌瞑目して、序でに手摺りなんかもするのでありました。そうして頭の隅っこの方で、竟この前の自分の葬儀の時、会葬者が神妙な面持ちで、棺の中の拙生に向かって合掌する様をまた思い出しているのでありました。
(続)
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