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もうじやのたわむれ 70 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「コンデ・コマさん、と云うと、・・・」
 拙生は顎に手を添えて首を傾げるのでありました。
「娑婆にいらした時は明治時代、講道館柔道の麒麟児と謳われた柔道家でいらっしゃいました。アメリカとかヨーロッパ、それにキューバなんかでプロレスラーと戦ったりして、日本柔道の強さを遺憾なく宣揚されて、後にブラジルのベレンと云う処に移住してアマゾン開拓と日本移民の世話に尽力された方ですよ。ずっと後にグレイシー柔術の祖である、なんと一説には云われていたのを、娑婆にいる時お聞きになった事はありませんか?」
 記録官は拙生の首を傾げた儘の顔を覗きこむのでありました。
「コンデ・コマ、と云う名前は、確かに何処かで聞いたような気がしますが、その人となりは詳しく存じませんでした。ふうん、そう云う方だったのですか。成程々々」
「前田光世さんはこちらにいらしてからも、娑婆でのアマゾン開発の事跡に未だ熱い思いを保持しておられたようで、無休地方への居住をすぐさま熱望されて、我が事は横に置いてでも、献身的に精力的に地方の発展に尽くされて、ごく短時間の内にグングン頭角を現わされて、あの若さで知事さんになられたのです。いや私としてもですね、国籍が日本国で、葬儀の宗旨がなんたらの審問室の単なる記録官、と云うほんの淡い誼だけではありますものの、しかし前田光世さんの事は、我が事のように誇りに思っているのですよ」
 記録官が感に堪えぬと云う顔つきをするのでありました。
「鎮守の祭りだけが有名なのではなくて、無休地方は今現在、急速に経済成長を続けている地方なのです。元々は楽天的で大らかで、ちょっと怠け者で大雑把な気質と云うのが、この地方の住霊の良いところでもあり悪いところでもありましたか。しかし鎮守の祭りに現れているように、爆発的なエネルギーを秘め持ってもいたわけで、一旦経済成長と云う導火線に火が点いたら、住霊一丸となってその成果の獲得に意欲的に邁進し始めたのです」
 審問官がそう云って、拳を顔の前に挙げるのでありました。「今では見違える程、計画的で冷静で緻密な経済発展計画の下に、活き々々とした就業態度で、地方の殆どの霊が日々の自分の仕事に臨んでいると云った風ですよ。住霊の活気、と云う点では地獄省の中では無休地方が随一ではないでしょうか。学校教育にも力を入れております」
「つまり本当の、無休地方、になって仕舞ったのですね?」
 拙生はそう云うのでありましたが、これは別に皮肉っぽい云い方でそう云ったのではなくて、感心の意をこめた云い様なのでありました。
「いやいや、それは違います。第一無休で働いていたら、次第にモラールが下降していくでしょう。仕事の効率を考えて、原則週休二日と一月五十時間以内と云う残業制限、それに年に二十日間の有給休暇と云う労働条件は、どこでもちゃんと遵守されております」
「ま、就職時に提示される就業条件として見れば、娑婆でもそれはぼつぼつの線ですかね」
「慶弔一時金もあります。福利厚生に関しても色々考慮されておりますよ」
「年に一度の社員旅行とか?」
「ま、それもあるでしょうかな。元々根が陽気で且つ情熱的な地方ですから、経済成長のためなら大抵の事は我慢するなんぞと云った悲壮感は、地方内に全く漂ってはいませんよ」
(続)
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