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もうじやのたわむれ 68 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 記録官が憤然として云うのでありました。
「ああこれはどうも済みません。侮るとか、そう云う積りではなかったのですが」
 拙生は二度お辞儀をするのでありました。
「大小傑地方は、ゆったりと地獄の生活を楽しみたいと云う霊にはもってこいの地方です」
 記録官はさして機嫌を悪くした風でもなく、説明を続けるのでありました。「地方霊の気質もどの島も概ね穏やかですから、近所づきあいにしてもこせこせした気煩いはないでしょうし。それに小さな島の生活でも、それなりにちゃんとインフラは整備されていますから、生活上の不便はそんなにありません。道を歩けば道脇には南方の果実がたわわに実っているし、釣り糸を垂れればすぐに魚はかかるし、食う心配は殆どありませんよ。庭のヤシの木の間に吊ったハンモックで長い午睡を楽しむと云った感じの、おっとりとした緩やかな離島ライフが、屹度満喫出来るはずですよ」
「他の島々についても正に、南海の楽園、いや南河の楽園と云う表現がピッタリですかな?」
「そうですね。ま、刺激がないと云えば、そうも云えるでしょうが」
 記録官はそう呟いて大きな欠伸をするのでありました。
「残る無間地獄と娑婆で云われているのは、正確には無休地方と云います」
 疲労が回復したのか、審問官が今度は喋り出すのでありました。
「無休地方? なんか忙しそうで疲れてきそうな名前ですね」
「いや年中無休とか不眠不休とか貧乏暇なし、と云った感じの無休ではなくて、休みなしに、鳥の羽根飾りとか様々な意匠を凝らした衣装をつけて、しかし殆ど裸に近い格好で、三日三晩速いリズムの音楽にのって踊りながら街を練り歩くと云う、派手で盛大な奇祭が年に一回この地方にはありまして、その祭りがこの地方を有名にしたものだから、そう云った地方名がつけられたのですよ。神輿が繰り出すやら、爆竹が鳴るやら楽隊が練り歩くやら、大型の派手な飾り山車は引き巡らすやらで、それはもう祭りの間は大変な騒ぎです」
「その祭りはサンバ・カーニバルなんと云われていますかな?」
 拙生は娑婆の南米大陸を思い浮かべているのでありました。
「いや、鎮守の祭り、と呼ばれています」
「意外にちまっとした名前ですね、私が今思い浮かべていた祭りからすると。そうすると、その祭りの踊りの、速いリズムの曲と云うのは、若しかしたら常磐炭坑節とか東京音頭とかを早回ししたもので、飾り山車の飾りも提灯とかそんなものなのでしょうかね?」
「いや、曲はサンバです。山車の飾りも派手々々しい電飾です」
「電飾の山車を引き回して、爆竹を鳴らしてサンバで踊り狂う、鎮守の祭り、ですか。・・・」
「そうです」
 審問官はどこが妙なのか、と云う様な顔を拙生に向けるのでありました。
「いや、あくまで私が思い浮かべたのは娑婆の方にある祭りで、それはこちらの祭りとは全く違っていて然るべきであろうとは思います。自分のイマジネーションの領域に閉じ籠もって、そこから、内容と名称が乖離しているとケチをつけているのでは全くありません」
 拙生は両の掌を速い速度で横にふるのでありました。
(続)
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