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もうじやのたわむれ 64 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「成程。厳かなお話しを聞かせて頂きました。で、知事さんはどなたなのですか?」
 拙生は同じような引き締まった顔をして訊ねるのでありました。
「最初の頃はクフさんと云う方で、その後はアメンホテップさんとか、女性のクレオパトラさんとかがされておりましたが、今は確か若手のクンタ・キンテさんと云うお名前の方でしたかな。この方は昔、合衆群地方に留学されていた経験があって、その頃の知識を生かして、黄熱地方の近代化に尽力されておられます」
「クンタ・キンテさん、ですか」
「黄熱地方はどちらかと云うと、これからの地方と云えるでしょうね。今は農業と牧畜が主たる産業で、近代化とか工業化とかは他の地方に比べて未だ立ち遅れていると云うべきかも知れません。しかし豊富な地下資源とか、宝石や研磨剤に用いられるダイヤモンドと云う希少な炭素鉱石を多く産出するので、未来は明るいと云えるでしょうね。まあ、近代化が遅れている分、手つかずの雄大な自然が未だ残っているので、それが魅力で、結構ここを居住地に選ぶ亡者様も多いのですよ。灼熱の砂漠あり、雪の降る高山あり、昼なお暗い密林ありで、サバンナには多種多様な動物が生息しております。しかし全くの未開の地と云うわけではなくて、都市もそこそこあります。ともあれ、ここはこれからの地方なので、色んな可能性を秘めていると云う点でも、亡者様の心を惹きつけるのでしょうかな」
 ここまで話して、審問官は椅子の背凭れに体を沈めるのでありましたが、それは恐らく、喋りづめで些か疲れたのであろうと拙生は推察するのでありました。審問官が記録官の方に顔を向けると、そこは気のあった者同士と云うところか、記録官は審問官の意を察して、今度はこちらの方が地獄省の各地方の紹介を代わるのでありました。
「娑婆の大焦熱地獄と云うのは、実際は、大小傑地方、と云います」
「なんですかその、大小傑、と・・・は?」
 この拙生の質問の言葉は、本当は「・・・」の部分に「云うこじつけ」と云う語句が入るのでありましたが、それは失礼かと咄嗟に判断して省いたのでありました。
「まあ南方の太平江と云う、娑婆の海のような大河に浮かぶ大小の島嶼からなる地方です」
「傑、と云うのは?」
「夫々の島が優れた島であると云う、云ってみれば美称ですね」
「ほう。これまた見事な命名ですねえ」
 この拙生の言葉は「見事な」と云うところを「まわりくどい」或いは「如何にも苦し気な」と云い換えるべきでありました。
「その島嶼の中で、もう大陸と云っても差し支えない程、飛び抜けて大きな島がこの地方の主島で、そこから北と東に放射状に他の多数の島々が広がっているのです」
「島々は多分、夫々自治が認められているのでしょうねえ?」
「そうです。文化も風習も微妙に違う各島が単独で、或いは幾つか集まって行政単位としての群を形成しています。陸続きの群ではない分、夫々は独立性が強いと云えるでしょう」
 記録官はそう無表情に云い終ってから、傍らに転がっている自分のボールペンを取り上げると、それをくるんと回して見せるのでありました。
(続)
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