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もうじやのたわむれ 58 [もうじやのたわむれ 2 創作]

「源信さんは当然、極楽省におられるのでしょうね?」
 拙生は問うのでありました。
「まあ、娑婆の自分との一貫性に拘りになって、一応極楽省の方に住霊登録されましたが、今はもう誤解もすっかり解けて、地獄省には大変迷惑をかけたと仰って頂いております。結構頻繁にこちらに旅行にお出でになったりしますよ。時々ここへも挨拶にお見えになって、その節は申しわけなかったと、閻魔大王官なんかと談笑されたりしておられます」
「ふうん、そうですか」
 拙生はなんとなく後頭部に手を遣って、そこを軽く掻くのでありました。
「さて、丁度そう云う話しが出たから、地獄省の内実を少しお話しいたしましょうか?」
 審問官がそう云って、やや身を乗り出すのでありました。
「そうですね、なんとなく地獄省の実態をお聞きしたい心持ちになってきました」
「取りかかりに、先程ちょっと紹介させて貰った地獄省の、八つの居住地域の大まかな説明なんかを致しましょうか? 詳しくは後程、閻魔大王官からお聞きになるとして」
「そうですね。お願いします」
 拙生のその言葉を聞いて、審問官はネクタイに手を遣ってその曲がりを正した後、背広をしゃんと伸ばして居住まいを正すのでありました。
「八つの居住地域は夫々特徴がありまして、娑婆の方には、正式な地名ではなく、八大地獄、なんと云う形で伝わっておりますかな。源信さんの『往生要集』にも紹介されております。尤も名称も内容も、それに特徴等も全く実情とは違ったようにですがね」
「ああ、八大地獄なら知っていますよ」
 拙生は指を折りながら云うのでありました。「海地獄、山地獄、坊主地獄、カマド地獄、竜巻地獄、血の池地獄、それにええと、・・・」
「それは別府温泉です」
 審問官がすかさず云うのでありました。
「いやどうも、結構なツッコミ、恐れ入ります」
 拙生はお辞儀をするのでありました。
「源信さんの本では、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、無間地獄の八つです。各地獄には夫々十六の小地獄と云うのが付随している、なんと云う感じで紹介されておられますかな」
「ああ、そこへ落ちた亡者同士がお互いに鉄の爪で切り裂きあって骨だけになったり、獄卒が鉄棒で粉々に打ち砕くとか、肉を細切れにしてしまうとか。しかし風が吹くと体が元に戻って、また切り裂きあいをおっ始めたり獄卒に折檻されたりで、それが延々と続くと云う処ですね? 子供の時に聞いてひどくおぞましく思った記憶がありますよ」
「そんなのとは全く違うのですが、ま、源信さんはインドの須弥山と云う処の地下一万キロメートルにある、等活地獄の相としてそう描いておられます」
「その、鉄の爪、と云うところで、テレビで見たフリッツ・フォン・エリックと云うプロレスラーを、つい思い浮かべてしまったと云うのも、懐かしく記憶しておりますよ」
(続)
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