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もうじやのたわむれ 57 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 審問官が無表情の儘頷くのでありました。
「ええと、で、我々亡者が自分の住み処を好きに選択出来るのなら、亡者の大半が極楽省への住霊登録を希望するのではないですか?」
 拙生は話題を元に戻すのでありました。
「ま、そうですね。なにか娑婆の方では我が地獄省のイメージが、ひどく悪く伝えられているようなので、それは実際とは全く違うと云う事を、我々も閻魔大王官も、亡者様に説明これ努めるようにと云う内規が、実は閻魔庁長官から出ています」
 審問官が少々口を尖らせるのでありました。
「その内規は、極楽省から不適当だと文句が出そうですね?」
「まあ、先程も申したように、それが亡者様のふり分けを地獄省有利に操作しているのではないかと、極楽省からクレームがつく要因の一つではあります」
「しかしですよ、我が地獄省は娑婆で散々ひどいように云われていて、これはそういう固定観念を持ってこちらにいらした亡者様の、その誤解を解こうとする行為でありますから、こちらの有利を期してそんな事をしているのでは、決してないのです。もう初めから、元々、亡者様のお考えの中に於ける、根も葉も幹も枝もない極楽省絶対優位の固定状況に対して、こちらの世のリアルなあり様をご紹介させて頂くと云うことなのですからね」
 これは記録官が少し息荒く云う言葉でありました。
「ああ、成程ね。確かに我々亡者の考えは大いに偏っていいますね、初めから」
「そうでしょう?」
 記録官は苦々しげなトーンを加えて云うのでありました。「地獄省の方だって、結構住み良いところなんですよ、実際は。気候の温暖さとか土地の豊かさでは多少他省極楽省に劣るとしても、それは考えようで、変化に富んだ風土というようにも云えますし、その風土のせいでこちらの方が色々刺激のある生活を楽しめるはずですよ」
「ふうん。そう云われてみれば、そうかも知れませんね」
「向こうの世に地獄省不利な固定観念を流布しようとするのは、あくまで娑婆の誰かが娑婆で自分に好都合なように、イメージを誘導しようとしているだけで、こちらとしては大いに迷惑な話しです。本心で云えば、娑婆の安寧とか秩序とか云われているものを保つために、こちらを利用してくれるなと声を大にして抗議したいのですが、なにせ地獄省から娑婆にアプローチする事は出来ませんから、ただ苦々しく思うだけです。加えて準娑婆省辺りが迂闊に娑婆に怪奇現象なんかを起こして、向こうの世に恐怖を撒き散らしたりするものだから、そのとばっちりで益々地獄省の評判が落ちるのですよ。実に困ったものです」
 記録官はそう云って大袈裟に嘆息するのでありました。
「向こうの世に、地獄省がとんでもなく不利になるような評判を広めたのは、どうやら源信さんというお坊さんが最初のようです」
 今度は審問官がボールペンをくるんと回して云うのでありました。
「ああ、『往生要集』の?」
「そうです。あの本が元凶かと思われます」
(続)
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