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もうじやのたわむれ 51 [もうじやのたわむれ 2 創作]

「そうだね、じゃあ、頼むよ」
 審問官が頷くと、記録官はきびきびとした物腰で審問室を出て行くのでありました。
「なんかつまらない事をお訊ねして、余計なお手間をおかけしているみたいで。・・・」
 拙生は恐縮の態を示すのでありました。
「いやいや、そんな事はありませんよ。こう云うのも我々の仕事の内ですから。どうぞなんのお気遣いもなさらないように」
 審問官はにこやかにそう云って、拙生の恐縮を減じてくれようとするのでありました。
「今頃こんな質問は、とお思いになるかも知れませんが、地獄省、と云う名前は、それはそれで色んな宗旨に共通性があるかとは思いますが、極楽省と準娑婆省と云う名称となると、これは如何にも仏教的で、例えばキリスト教を向こうの世で信仰されていた方とかは、大いに違和感を抱かれるのではないかと思うのですが?」
 記録官が調べを終えて戻ってくるまで、この部屋で審問官と二人きりで、その帰りを黙って待っていると云うのも、なんとなく間が持てない気がするものだから、拙生は審問官にそんな質問を投げてみるのでありました。
「そりゃそうです。キリスト教なら地獄省はインフェルノ省とか、極楽省は天国省とかヘブン省とか、準娑婆省と云うのもなにか他の名前の方が馴染まれるでしょうね。神道なら地獄省が黄泉省とか、極楽省が常世省とか天津省とか高天原省とかかな。準娑婆省は、これはなんでしょうね。準国津省とか準葦原の中津省、或いはもっと長々しくて、準豊葦原の千秋長五百秋の水穂省、でしょうかね。まあ、私はあまりキリスト教とか他の宗教とか、それに日本神話とかに詳しくないものですから、上手く置き換えが出来ませんが」
 審問官がそんな事を返すのでありました。
「極楽省、地獄省、準娑婆省と云う省の呼称で、キリスト教の方とか神道の方とか、それに他の宗教の方々から抗議を受けるなんと云う事はないのでしょうか?」
「いやいや、ここはあくまで国籍が日本国で、葬儀を浄土真宗で営まれた方を対象とした審問室ですから、そのようなご抗議を受ける事はありませんよ」
「ああそうですか。では、例えば国籍が日本で、葬儀を真言宗で営まれた方とか、華厳宗で営まれた方とか、或いは神道で営まれた方とか、キリスト教で営まれた方とか、イスラム教で営まれた方とか、ヒンズー教で営まれた方とか、拝火教でいとなまれた方とか、または、国籍がロシアで、葬儀をキリスト教で営まれた方とか、仏教で営まれた方とか、イスラム教で営まれた方とか、他にも色々な審問室が専用に揃っているのですか?」
「はいそうです。キリスト教にしてもカトリックとかプロテスタントとか東方正教系とか、その中でも色々な宗派毎に。イスラム教ならスンニ派とかシーア派とか、その中の色んな宗派毎に。まあ、日本の仏教でも浄土真宗もあれば浄土宗もあれば臨済宗もあればと云ったのと同じに、非常に細かく区分されて審問室が設けられております」
「向こうの世にある総ての宗教、宗派が、国別に総て揃っているわけですね?」
「その通りです」
 審問官は大きく頷いて見せるのでありました。「で、私は日本国浄土真宗の審問官です」
(続)
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