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もうじやのたわむれ 46 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 閻魔庁で裁かれるべき罪などないと云うのでありますから、拙生としては解放感すら覚えて然るべきなのでしょうが、なんとなく了見の上で釈然としないのでありました。
「向こうでの行いはもう、こちらに来た以上、向こう、いや無効ですよ」
 審問官が相変わらずの洒落を交えて云いながら、ハッハッハと笑うのでありました。
「しかし向こうの世で、法律的な罪科として成立しはしなかったにしろ、嘘をついたり不誠実なるふる舞いをしたりと、倫理道徳上と云うのか、色々後ろ暗いところは大いに覚えのあるところなのですが、それも裁かれないのでしょうかね?」
「はい、裁かれません」
「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれる、なんと云うことも実際ないのですか?」
「ありません。第一閻魔大王官は医学の心得など全く持っていませんし、若しそんな事をすれば医事法違反になります」
「いや医療的な処置として舌を抜くのではなくて、罰としてそうするのだと云う事です」
「そんな乱暴な事はこちらではいたしません。根も葉もない噂の類でしょうね、それは」
 審問官はそう云って背凭れに少し身を引くのでありました。
「しかし宗教的なところでは仏教にもキリスト教にも十戒とかがあるし、神道にも天津罪とか国津罪とかあるじゃないですか。他の宗教にだって色々あるんじゃないですか?」
「それはあるでしょうけど」
「そう云った戒律を破れば、当然こちらで罰が当たることになるのではないでしょうか?」
「いやいや、それもあくまで娑婆の中だけで通用する戒律なり罪科なり、それに対する罰以上ではないでしょう。娑婆から離れれば適応外ですよ、そんなもの」
「向こうの世での罪科は、こちらでの審理に何ら反映されないのですか?」
「関係ありません」
「いやしかし、因果応報で、向こうで積んだ罪科が、こちらに来てから我々亡者にふりかかるものとばかり思っていたのですがね」
 拙生は腕組みをして大袈裟な深刻顔で頭を傾げるのでありました。
「いやいや、何度も云いますが、娑婆での罪科は娑婆の方で完結して貰わないと」
「いやいやいや、あちらでの罪科がこちらのお裁きに反映すると思うからこそ、プレッシャーとなるわけじゃないですか」
「いやいやいやいや、そのプレッシャーはあくまで娑婆で生きる上でのプレッシャーであって、娑婆にさよならしたならもう、そのプレッシャーは意味を持ち得ないでしょうし」
「いやいやいやいやいや、・・・」
「もうええ、ちゅうねん」
 今度は記録官が拙生と審問官にツッコミを入れるのでありました。
「まあ、娑婆の誰かが、そう云う風に云っておく方が何かと好都合だと考えて、こちらを利用したのでしょうね。その辺はこちらも充分認識し、それなりに理解しております」
 審問官がそう云ってボールペンをくるんと回すのでありました。
「ああそうですか」
(続)
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