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もうじやのたわむれ 23 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「そのくせ、その不正を外交ルートを通じて抗議すると、そんなことはやっていない、知らぬ存ぜぬとしらばくれるのです。あらぬ疑いを証拠もなしにかけるとは、準娑婆省の名誉を傷つけようとする地獄省の悪意であり、そっちがその気ならこっちも激烈な対抗手段をとる、なんと云って反対に高飛車に喧嘩腰で凄んで見せて、こちらから賠償金かなにかを分捕ろうとするのです。準娑婆省の、判らんちん共の常套手段です」
 これは記録官が審問官の後を引き取って続けた言葉でありました。
「しかしこちらとしても三つの港湾を租借している関係上、問題を必要以上に拗れさせることもしたくないわけです。だから準娑婆省の省意に対して地獄省は常々、大いに不信感を抱いておりますし、準娑婆省の風儀にも或る種の嫌悪感を抱いております」
「ふうん、そう云う事ですか」
 拙生は審問官の言葉を聞きながら、前に記録官が入れてくれたコーヒーを一口、そこで口に運ぶのでありました。すっかり冷めたコーヒーは、記録官がこちらのコーヒーは美味いと云っていたにも関わらず、香りもなくてただ苦いだけの味でありました。
「また一方、地獄省と極楽省の間にも、亡者のふり分けに関して意見の相違があります」
 審問官が続けるのでありました。「極楽省は、閻魔庁が地獄省付帯の機関であるため、故意に極楽省に送る亡者様の数を少なく、地獄省の各地獄へ行くべき亡者様の方を多く、操作しているのではないかと、こちらとしては全く謂れのない抗議を時々してくるのです。そんなことを云われると、こちらとしては立つ瀬がない。これも困ったものです」
「そんなことは誓ってないのです。我々は常々、ちっぽけな省益に囚われる事なく、正義の名の下に、中立公明正大に、どこへ出しても恥ずかしくない審理を心がけております。これは天に誓ってそう申し上げます」
 これは記録官が横から云った言葉でありました。拙生はその妙に強い語調に少々たじろぎながらも、記録官が真顔で口にした、天に誓って、と云う言葉に、なんとなく可笑しみを覚えるのでありました。天、と云ったって、ここがその、天、じゃなかろか。
「お二人を拝見していれば、ふり分けが中立公明正大で妥当であろう事は、充分に拝察出来ます。しかしまあ、亡者の立場から云わせて頂くと、閻魔庁が地獄省に付帯していると云う事は、矢張りなんかちょっと、割り切れないような感じも受けますが」
 拙生は片頬に鈍感そうな笑みを湛えながらそう云ってみるのでありました。
「そうでしょうか?」
 記録官が挑むような顔つきをするのでありました。
「本来なら閻魔庁は地獄省にも極楽省にも属さない、中立機関であらま欲しきところですかな。ま、こちらの事情に疎い目から見れば、ですけれど」
「確かにそう云う或る種の懸念が亡者様にもおありになるであろう事は、我々も充分理解してはいるのです。しかし、審理するのが地獄側に属する機関であることが、娑婆に於いては、悪事の或る種の抑制装置として機能しているとも云えるのではないでしょうか。お裁きが相当に甘くないなと云う印象を作り出すことによって。ま、実際は先も申したように、ここで行われる審理は決して、お裁き、なんと云う性質のものではないのですが」
(続)
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姥桜のかぐや姫

夏目漱石の草枕に・・・・・・とかくこの世は住みづらい。
あの世もこの世同様住みづらそうですね。ならば暫しこの世に留まりて
悪口雑言をお上に喚きながら生きながらえて見ようかと存じます。(^0^)
by 姥桜のかぐや姫 (2012-01-15 18:34) 

汎武

あの世の千日よりこの世の一日、と云う言葉もありますね。
ま、あの世だって、そんなに美化されても困ると思うのであります。
この世に居た連中があの世に行くのですから、結局様相は似たり
寄ったりと云うところではないでしょうか。
ま、確かめたわけではないのですが。・・・
by 汎武 (2012-01-15 21:21) 

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