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もうじやのたわむれ 8 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「こちらにもなかなか良い酒がありますよ、生一本の」
 席に戻った記録官が云うのでありました。
「それは『犬の盛』とか『兜正宗』とか云う名前じゃないでしょうね?」
「向こうの落語じゃあるまいし、そんな名前の日本酒はありません」
 この記録官の口調は拙生の、何故か急に口をついて出た気紛れの冗談を窘めると云うよりは、ツッコミを入れて一緒に面白がっていると云う風情でありました。
「そいじゃあ『腰の按配』とか『未成年』とか?」
 拙生はちょっと面白くなって調子に乗るのでありました。
「いや、そんなけったいな名前でもありません。『逆さ牡丹』とか『タニシ正宗』とか『八対三』とかとも違います」
「『八対三』?」
「ああ、判りにくかったですか、これは。『八海山』のもじりです」
 記録官は少し恥ずかしそうに小声で云うのでありました。「『逆さ牡丹』と『タニシ正宗』はお判りになりますかね?」
「『司牡丹』と『キンシ正宗』のもじりでしょう?」
「正解!」
「しかし『逆さ牡丹』は意味の倒置とか飛躍と云う点で難があるし、それにイメージに明確さもありませんかな。『タニシ正宗』の方は語感が元の名前とちょっと離れ過ぎているような気がしますし、もう少しもじり方に工夫と捻りを加えた方が良いかも知れませんね」
「成程。面目ございません」
 記録官が真面目な顔で拙生に向かって一礼するのでありました。「ご指導を頂いてまことに有難く思います。もじりよ今夜も有難う」
「青木君、そんなテレビの林家三平みたいなこと云っていないで、ちゃんと真面目に記録を取ってくれないと困るよ」
 審問官が記録官を窘めるのでありましたが、その窘める時の手つきが掌の甲で記録官の胸を軽く打つような仕草なのでありました。これは典型的な漫才のツッコミの手つきと同じで、そうすると審問官の方も、こう云った会話を面白がってそれに参加していると云った趣きでありましょうか。
「いやまあしかし、色々お伺いしていると、娑婆で聞いていたこちらの様子とは、かなり違うものですなあ。目からたらこです」
「それはうろこ」
 すかさす審問官が返すのでありました。勿論同時に、審問官は向こうの席から拙生に向かって、さっきと同じ掌の甲のツッコミの仕草をして見せるのでありました。
 しかしこんな遣り取りを続けていては、肝心の審問の方がからっきし捗らないのではないかと、別に拙生が気にかける謂われもないのでありましょうが、なんとなく心配になってくるのでありました。そのくせ拙生はこの後尚も、まあ、そんなに大したことのない幾つかの質問を重ねるのでありました。
(続)
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