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もうじやのたわむれ 4 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官は続けるのでありました。「若しお気づきの点がおありでしたら、遠慮なく仰ってください。閻魔庁のサービス担当部門から通達をうけていましてね、今後のサービスの参考にするから、どんな細かい事でもお聞きしておいてくれと」
 審問官は些か身を乗り出しながら、真摯な眼差しで拙生を見るのでありました。
「いや、川岸の待合室の清潔感も、そこの案内の方の手際も接客態度も、アナウンスの行き届いたところにも、それに船のクルーの方々の礼儀正しさとかフレンドリーな様子とか、船内でのきびきびした動作とか、大いに好ましく見えましたよ。娑婆に居る時に、偶にですが乗った観光船とか連絡船フェリーとかに比べても、こちらの方が格段に洗練された風情だと思いましたよ」
「ああそうですか。ま、それは祝着でありました」
 審問官はそう云って一つお辞儀をするのでありました。
「いやあ、話に聞いていた三途の川の渡し船とは全く印象が違っていて、正直なところ驚きました。なんか恐ろしげな風体の船頭さんが操る、陰鬱な風情の小さな伝馬船をイメージしていたのですが、どうしてどうして、あんな豪華客船だとは思いもしませんでした」
 拙生はその驚きを伝えるために、目を見開きながら云うのでありました。
「あれは最近就航した、五万トンの最新鋭の船です」
 審問官が自慢話をするような顔をするのでありました。
「ほう、五万トンですか」
「飛鳥IIと同じです」
「ほう、それは凄い」
 拙生は大いに驚いて見せるのでありました。
「それに三途の川も広大な河川だったでしょう?」
「そうですね、行った事はないのですが、中国の長江もかくやと思いました」
「いやいやそんなものじゃあ。河川長も川幅も、長江の約四十倍ですかな」
「四十倍! もう、海ですね、そうなると。道理で、向こう岸なんか見えない筈だ」
「川面に霧が出ていましたか?」
 審問官は手にしたボールペンを弄びながら聞くのでありました。
「ええ。岸から大分離れた処に立ちこめていました。なかなか情趣に富んだ雰囲気でした」
「霧の摩周湖みたいな感じだったでしょう?」
「いや、私は摩周湖には行ったことがないもので」
 拙生はそう返しながら頭を掻くのでありました。
「少し上流に遡った処はなかなかの景勝地で、別荘が多く建っていますよ。港の辺りも上流には敵いませんがそこそこ風光明美で、格安の別荘地として最近分譲が始まりました」
「こちらの世界にも、別荘なんと云うものがあるんですか?」
「勿論。こっちも娑婆とあらかた変わりません。まあ、私なんぞは安月給の木端役人ですから、別荘とか云うものには手が出ませんけどね」
 審問官はそう云ってボールペンを指先で器用に何度か回転させるのでありました。
(続)
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