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もうじやのたわむれ 2 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 赤井鬼太と名乗る審問官は、テーブルの横手に積み上げられた中の一番上の書類束を片手で取るのでありました。審問官は右上がクリップで止められた書類を自分の前に置き、<四九八九>と表題のついた一番上の頁を捲って拙生の顔を見るのでありました。
「ええと、一応、俗名で結構ですが、お名前をお伺いしておきます」
 そう問われたので拙生は自分の姓名を名乗るのでありました。審問官は軽く頷いて書類に目を落とすのでありました。
「ええと、国籍は日本国で、葬儀の時の式礼は浄土真宗式ということで宜しいですかな?」
「はあ。その通りです」
 国籍と家の宗旨が向後の審問にどう関連するのかよく判らないものだから、拙生は少々とまどいつつ頷くのでありました。審問官は拙生の返答を聞いた後、書類の上方にボールペンでチェックを入れるのでありました。
「ま、ま、そう固くならずに」
 審問官は拙生に笑みを向けるのでありました。「審問とは云っても、ここでは単にこちらに回って来た、貴方の向こうでの経歴の要所を確認しておくだけですから」
 審問官は笑みを湛えてそう説明するのでありました。それから、ああそうだと、なにかに気づいたように呟きながら、横でこちらに背中を向けている記録官の方に体を捻るのでありました。
「青木君、四九八九番さんにお茶を入れて差し上げて」
 そう促された記録官の青木鬼也は立ち上がって、妙にきびきびとした動作で拙生の後方の壁際にあるサイドテーブルの方へ立って行って、そこから拙生に少し声を大きくして聞くのでありました。
「国籍柄、日本茶の方が良いですか、それともコーヒーの方が?」
「それではせっかくお気を遣って頂いた手前、日本茶の方を」
 拙生はそう云いながら斜め後ろに上体を捻ってお辞儀をするのでありました。
「畏まりました」
 記録官がそう云ったすぐ後に、急須で茶を湯呑に注ぐ音が聞こえてくるのでありました。
 拙生の前に置かれた白い小ぶりの湯呑から湯気がゆらゆらと上がるのでありました。湯呑をふと見ると、それには金色で下がり藤の紋が描かれているのでありました。偶然なのかどうか判らないながら、実は拙生の家の紋も下がり藤なのでありました。拙生が湯呑を差し上げて描いてある紋を見ていると審問官が聞くのでありました。
「おや、茶碗が汚れてでもいますかな?」
「ああいや、そうではないんですが」
 拙生はそう云って湯呑から目を離して前の審問官の不安顔を見るのでありました。「ウチの家の紋も、偶然にも丁度この湯呑に描いてある下がり藤と同じなので」
 その拙生の言葉に安心したのか、審問官は背凭れに寄りかかるようにやや体を逸らせて、笑いを頬に浮べるのでありました。
「それは偶然ではなくて、その湯呑が気を利かせたまでですよ」
(続)
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