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もうじやのたわむれ 1 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 広くて細長い待合室に注意喚起のチャイムが鳴って、スピーカーがどこに隠されているのかそれらしい形跡のまるで見当たらない白い天井から、女性の柔らかい声の案内が流れるのでありました。
「整理番号四九八九番の亡者様、四番審問室へお入りください」
 その番号は受付でもらった拙生の番号なのでありました。拙生はもう一度自分の整理券の記載を確かめて、長椅子から立ち上がるのでありました。
 審問室は待合室に並べられた長椅子の対面に、幾つも幾つも果てしなく並んでいるのでありました。ちょうど良い按配に四番と扉の中央に大書してある審問室は、拙生のほんの目の前にあるのでありました。
 適当に混んだ待合室に入って、空いている席になにも考えずに座ったのでありましたが、拍子の良いことにそれが四番審問室のすぐ前であったことに、拙生はなんとなく嬉しくなるのでありました。こう云う、まあ云ってみればつまらない偶然の好都合に遭遇した時、拙生は以前から妙に心躍る性質なのでありました。
 四番審問室の扉を開けて中を覗くと、そこは丁度和室で云えば六畳程のスペースで、白い壁にはなんの装飾もなく、真ん中に大きな事務テーブルが据えられていて、そこに審問官と思しき無地の赤いネクタイを締めた四十代半ば程で、先頭部の髪の毛が少し後退しかけたやや小太りの男が壁を背に座って、扉から顔を入れた拙生を見ているのでありました。大きな事務テーブルの横には小ぶりの事務机が壁際に置かれていて、そこにも背広姿の男が座っているのでありましたが、この男は入口に背を向けて座っているために、顔の様子等は拙生には判らないのでありました。まあ、審問官よりは少し若い風情がその座り姿から気取られるのでありました。その男は多分記録官であろうと拙生は見当をつけるのでありました。
 審問官と思しき男が拙生においでおいでをするのでありました。拙生は無表情の儘ひょいと顎を突き出して、彼の身ぶりを了解したことを伝えて部屋の中に遠慮がちに身を入れるのでありました。
 拙生が事務テーブルの男と向かいあう位置に置かれた椅子に近寄ると、男は徐に立ち上がるのでありました。それに期をあわせて、記録官と思しき男も立ち上がってふり向くのでありました。こちらは無地の青いネクタイをしているのでありました。
「どうもご苦労さまです。審問官の赤井鬼太と申します」
 拙生の前に立つ男はそう云って拙生に頭を下げるのでありました。
「記録官の青木鬼也です」
 これは向き直った方の男の言葉でありました。男は拙生に顔を向けた儘、腰を折って真っ直ぐにした上体を前傾させて、なんとなく固いお辞儀をするのでありました。矢張りこちらの男の方が審問官よりは若くて、三十前後と云ったところでありましょうか。櫛目のきっぱり入った前髪が、上体の動きになんの動揺も見せないのでありました。
「ま、ま、お座りください」
 審問官が愛想笑いながら、掌を上に向けて差し出しながら云うのでありました。
「ああどうも、恐れ入ります」
 拙生はそう返して椅子をテーブルから引き出すのでありました。
 拙生が座って居住まいを正すのを見て、審問官は自分も着席するのでありました。その後に記録官がクルッと拙生に背を向けて事務机に座り直すと、カタカタと云う音を立てて、妙にきびきびとした動作で尻を載せた椅子を机の中に引きこむのでありました。
(続)
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