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大きな栗の木の下で 85 [大きな栗の木の下で 3 創作]

 御船さんは弁護士を立てた、沙代子さんのお父さんの考えを支持するように何度かゆっくり頷いて見せるのでありました。
「その矢岳と云う男と向こうの家の方は、どんな風な出方だったんだい?」
「矢岳君のお父さんはもう、すごく恐縮していて、矢岳君の不始末は矢岳君自身に、若し矢岳君が出来なければ、自分がなり代わって最後まで必ず償うって感じだったようなの。お母さんも同じ様子だったようよ」
「沙代子は、その事後処理の作業のどこかの段階で、向こうの親には逢わなかったのか?」
「父が、矢岳君にも向こうのご両親にも、あたしを逢わせないようにしていたの。全部弁護士の先生に任せてあるから、お前が逢う必要なんかないって云って。あたしもなんとなく、逢う必要があるとか云われたら、そんな勇気もなくてたじろいじゃったと思うしさ」
「そりゃそうだな」
 御船さんが顎を撫でながら頷くのでありました。
「全部片づいてから、向こうのご両親があたしにどうしても一言謝りたいって云うんで、その時ちょっと逢ったわ、赤ちゃんを連れてね」
「新潟か東京で逢ったのか?」
「ううん、態々この街まで来て貰って」
「まあ、でも、それは当然かな」
 御船さんはまたまた頷くのでありました。「それから向こうのお父さんは、横浜で仕事に失敗した後、新潟でどうしていたんだ? 場合に依ってはなり代わって息子の不始末を最後まで償うとか云われても、まあ、その力がないのなら償えないじゃないか」
「矢岳君のお父さんは新潟でまた事業を始めていたの。今度は中古の自動車とか自転車とか、それに電化製品なんかを外国に輸出する会社。最初は中古車の販売会社で嘱託のセールスマンみたいなことをしていたらしいんだけど、なんか新潟に寄港する外国船なんかが、大量に中古車とか自転車とかを日本で買って、それを船に積んで持って帰るなんてことがよくあったらしくてさ、そこに目をつけてそういった商売をする会社を自分で興してね。結構順調に仕事の規模は大きくなっていたみたいよ。前の仕事の借金なんかも、返済する目途もちゃんと立っていてさ。あちらのお父さん、屹度商才があるのね」
「だったら赤ちゃんが生まれた稼ぎの少ない息子の援助も、出来たんじゃないのか?」
「そうね、矢岳君にもその辺の情報とかはちゃんと入っていたようだけどね。でもまあ結局、あたしは向こうのご両親の事は、東京にいる間はなにも聞かせては貰えなかったけど」
「そうだとしたら、その矢岳と云う男が沙代子に対して元々持っていた、まあ、怪しさと云うのか胡散臭さと云うのか、不実さと云うのか、そんなものまで窺わせるよな」
 御船さんはそう云って、海から手前の街の風景に目線を移すのでありました。
「矢岳君があたしに、ご両親の事をちゃんと云わなかったことで?」
「うん、まあ、そんなのも含めて」
「屹度、なんとなく云いそびれたんじゃないの」
 沙代子さんはそう云って、御船さんを見て笑うのでありました。
(続)
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