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大きな栗の木の下で 79 [大きな栗の木の下で 3 創作]

 沙代子さんがそんなことを云うのは、矢張り額が汗ばむからでありましょうか。
「そうだよな。今年の暑さはいつもとは違って、やけに強情だな」
 御船さんが額に手を遣りながら頷くのでありました。
「強情って云うのと未練たらしいって云うのは、違うのかしら? まあ、別にどうでもいい無意味な疑問なんだけどさ」
 沙代子さんが云うのでありました。
「そうだな、強情の表現の一つが、別の人から観ると未練たらしいって見えるのかな」
「口をへの字にして意地っ張りしているのが強情で、なんかめそめそしているのが未練たらしいってイメージよね」
「同じことなのかも知れないよな。強情ってい云うのは本人の了見の表現で、未練たらしいって云うのは、その気持ちが発露した時の外側の皮膚の見え方の一つとかさ」
「強情は当人の所存で、未練たらしいは他人の受け取り方ってこと?」
「まあ、そうかな」
 御船さんは俯いてそう云うのでありましたが、それはなにやら先程の自分のものしたややこしい冗談のようなもので、こみ入ったまわりくどさに陥るべき設問に思えたからで、自分が前に口から吐き出した冗談のことはさて置いて、なんとなくそう云ったくどくどしさが鬱陶しい気がするからでありました。
「強情そうに見える、なんて表現もあるわよね。でもそれって、未練たらしく見えるってこととすっかり同じじゃないみたい」
「ま、未練たらしいと云うのは、さっきも云ったように強情と云うものの見え方の一つと云うことで、強情と云うのが未練たらしくだけ見えるとは限らないわけだ」
「今年の暑さは、性質としては御船君が云ったように強情で、その暑さを、感じているあたしには未練たらしいって映るわけね。同じことのようだけど、なんとなく違うわけね」
「まあ、そう云うことで手を打とうぜ」
 御船さんはそう云って笑いながら頭を掻くのでありましたが、その後急に手は頭に置いた儘で顔から笑いを消して続けるのでありました。「でも、沙代子の矢岳と云う男に対する気持ちが、強情と云うのでもないし、だから未練たらしいと云うのでもないことは、なんとなく判るよ俺としては。なんかそう云うものとは、全く別のものだったってことはさ」
 御船さんがそう云うと海からの風がまた街を過ぎて公園まで吹き上がってきて、汗ばんだ額を涼やかに撫でて通り過ぎていくのでありました。

 <結局矢岳君から、次第に電話もこなくなっていったの。そりゃそうよね、あたしの電話口での対応って云ったら、何時も冷淡そのものだったもの。矢岳君としてもうんざりだったと思うわ。そうなることはあたし判っていたの。でも、矢岳君のすることに対してあたしが心底、決定的に怒るわけじゃなかったのと同じに、その電話での冷淡さの方も、あたしちっとも改めなかったのよ。なんでだったか、あたしもよく判らないけど。それこそ単なるあたしの、なんの益にもならない強情さと云うことなのかも知れないし。
(続)
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