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大きな栗の木の下で 76 [大きな栗の木の下で 3 創作]

 そう云う風に子供と云うものを軸に考えれば、御船さんにも沙代子さんの矢岳と云う男に対する変貌が、なんとなく素直に理解できるのでありました。ま、少なくとも、矢岳と云う男の本性に沙代子さんがやっと気づいたためと云う、なんとなく御船さんに都合のよい理由なんかよりは余程妥当な、より自然なところで。
 木蔭の外に鳥が飛び上がる姿が見えるのでありました。矢張り今まで土手の下方にいたのでありましょう。鳥は忙しなく羽を動かして、地面と栗の木の下枝の間に切り開かれた中空を垂直に上昇し、葉群れの中に隠れるのでありました。屹度これから巣に餌を持って帰るのでありましょう。
 矢岳と云う男は、あの鳥にも劣るヤツだと御船さんはふと思うのでありました。同時に先程の沙代子さんとの会話が思い起こされるのでありました。それは鳥が反省するとかしないと云うことで冗談を言い合っていた時に、御船さん自身が自分は反省しないと云うことに於いて鳥以下であると宣した言葉でありました。
 まあ、戯れ言の遣り取りではあったものの、それに全く意味あいが異なっているとは云え、してみると矢岳と云う男ばかりではなくて、意ならずも御船さんも同じに、以上か以下かと云う点に限っては鳥よりも以下であると、前以ってあの時自ら認めていたわけであります。そうか、俺も鳥以下だったかと考えて、御船さんは少し口を尖らすのでありました。と云うことはつまり、沙代子さんと云う女は、色んなところで鳥以下の男共によく魅入られる女だと云うことになりますか。
 そんな風に考えていると、御船さんはどうしたものかなんとなく、沙代子さんに対して申しわけないような心持ち等覚えるのでありました。まあ、そんな呑気で無意味で戯けた、わけの判らない話の敷衍は全く以ってつまらない遊びみたいなものでありましょうが。
「どうかした?」
 沙代子さんが御船さんの顔を覗きこむのでありました。
「ああ、いや別に」
「急に黙っちゃったからさ」
「いやまあ、今そこから飛び上がった鳥よりも、子供への関与と云う点でその矢岳と云う男の了見はあの鳥に劣るかなってさ、まあそんなことをぐだぐだと考えていたんだよ」
「ふうん。ま、云われてみればそうなるかな」
「あの鳥が赤ちゃん鳥の待つ巣へ餌を運ぶために、ああやってあっちへ行ったりこっちへ来たりして忙しく立ち働いていると云うのならさ。それにあの鳥が、巣で待つ赤ちゃん鳥のお父さんだと云うことであればさ」
「そうか。そうね」
 沙代子さんが御船さんの愚にもつかない与太話に、笑いながら頷くのでありました。
「で、さっきの話から、俺も鳥以下なわけだ」
「さっきの話って?」
「ほら、鳥が反省するとかしないとか、俺が反省しないとか、沙代子が反省するとか云う話をしていただろう、つまりその話に無理矢理繋げるとしたらさ」
(続)
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