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大きな栗の木の下で 73 [大きな栗の木の下で 3 創作]

「いや、恐らく、・・・」
 御船さんはそう云って沙代子さんを見るのでありました。「沙代子に気持ちの強さや勇気があったとしても、それにずるくてもずるくなくても、矢張り沙代子の気持ちがその矢岳と云う男から覚めて仕舞った以上、それがなによりの理由になって、沙代子はそいつとはもう一緒に暮らせないって、そう決断したと思うな」
 御船さんはそうであると確信するように、その自分の言葉に自分で頷くのでありました。御船さんは沙代子さんの気持ちが、矢岳と云う男から決定的に離れて仕舞ったことが最重要であると、つまりそう自分に強調したいのでありました。それは御船さんが話の展開の上で、もう済んで仕舞った事とは云え、事ここに至っても沙代子さんの内心のどこかに、矢岳と云う男の面影を慕う蔭が焼きついていることを忌むからなのでありました。
 要するに、御船さんは今までの沙代子さんの話の間中、矢岳と云う男に強烈な対抗意識と嫉妬を感じ続けていたのでありましたが、それがようやくここにきて、解消されようとしているのを決定的にしたいのでありました。こう云った自分の今の感情の有り様と云うものは、まるで紙芝居とかで物語の展開にのめりこんでいる子供のそれと近いかなと思うのでありました。だから、自分は沙代子さんの話をつまらないとか聞きたくないとか、少しも思ってはいないと云うことでもあるわけであります。期せずして、何時の間にか御船さんは沙代子さんの物語る沙代子さんの身の上話に、結構心を奪われて仕舞っていたと云うことでもありましょうか。
「まあ、実際、御船君の云う通りだったかな、その後の展開は」
 沙代子さんがそう云ったので、御船さんは沙代子さんの話とは直接関係のない自分の心理分析の覗きからくりから、一端目を離すのでありました。

 <矢岳君がひょっこり帰ってきたの。あたしは矢岳君がこれから二人の事どうするのか、結論を持って帰ってきたんだと思ったから、緊張して矢岳君の顔を見たわ。
 あたしのその顔にたじろいだのか、それともその時は決然として帰って来たのではなくて、ただ単に物を取りに来ただけなのか、矢岳君は暫く家の中で探し物をして、またすぐ出て行こうとするの。あたしは矢岳君の目を見ながら聞いたの。
「また、出て行くの?」
「二枚目のシングルのことで、ここんとこ、すごく忙しいから」
 矢岳君はおどおどとあたしから目を逸らして云うの。
「家に全く帰れない程忙しいの?」
「うん、まあ。・・・」
「一枚目の時は、ちゃんと帰ってきていたのに?」
「二枚目となると、俺の音楽性が本当に試されるから。それに今度のは俺の創った曲だし」
「それはあたしに一本の電話すら入れられないくらい、大変なの?」
「前に、今度は正念場になるからって、云っていなかったっけ?」
「そんな経緯とか事情なんて、今初めて聞くわ」
(続)
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