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大きな栗の木の下で 52 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 あたし実は、事務所から月々或る程度の生活費を貰えるって云う矢岳君の話より、この母の仕送りをしてくれるって云う話の方が、比較にならないくらい頼もしく思えたし、安心出来たのよ、矢岳君には悪いんだけど。だって矢岳君のお金は結局、前借と云うことなんだし、こんな云い方は変かも知れないけど、なんかそれは冷たいお金なのよね。まあ、あたしはそう感じたの。でも実家からのお金と云うのは、負い目も少なくてさ、どことなく体温があるような感じがするわけよ。あたしの身勝手な思いこみ以外じゃ決してないのは、重々判っているんだけどさ。お金は、お金でしかないけどさ。
 でも、あたしは母から仕送りの申し出が貰えたので、それでなんかやっと、薄明かりが見えたような気がしたのよ。そうすることを父も、苦々しくは思うだろうけど、反対はしないだろうって母は云い添えたわ。あたしさ、実は内心、中絶なんてことも考えていたの。
 で、だとしても一応、母からの申し出の件は、矢岳君には内緒にしておこうとは思ったの。だって、あたしが矢岳君の工面するお金より、母からの仕送りの方を頼りにしているなんてことになれば、矢岳君のプライドがひどく傷つくに決まっているものね。
 まあ、大学を出た後も親の仕送りに頼っているなんて、それは凄く恥ずかしいことなんだけどね。あたしだって妊娠さえしていなかったなら、勘当されたも同然の子なんだから、意地でも頑張って、矢岳君が音楽で成功するまで支えていく覚悟はあったのよ。それで両親を見返してやるって云う気持ちも、充分あったの。でも、現実はそんな自分の思い通りには進行しないわけ。で、あたしは会社を辞めたの。・・・>

 沙代子さんが倒した膝を立てて、もう一度膝を抱く座り方に座り直すのでありました。御船さんと沙代子さんは同じ座り姿で、御船さんは眼下の街の様子を、沙代子さんはその先の海を眺め下ろしているのでありました。
 風が納まった後、先程の白い中に黒い斑点のある鳥が、また木蔭の縁あたりに飛来するのでありました。鳥は今度も同じように地面を嘴で突きながら、うろうろと歩き回って木蔭の中に侵入して来るのでありました。
「あの鳥、さっきも来たわよね」
 沙代子さんが云うのでありました。
「うん、俺が声を出したら急に飛んでいったけどな。もうそろそろ俺達が居なくなったかと思って、またぞろやって来たのかな」
「でもあたし達居なくなっていないんだから、もしそうなら、ああやってさっきと同じ処に降りては来ないんじゃないかしら」
「まあ、俺にはあの鳥の了見は、聢とは判らないけどさ」
 御船さんはそう云って首を少し前に伸ばして鳥を見つめるのでありました。
「今度は、逃げないわね。あたし達が喋り出しても」
「そうだな。俺達に害意がないってことが判ったんだろう。さっきは慌てて逃げたけど、それ程ビクつくこともなかろうって踏んだんだ。そいで、前のおっちょこちょいを反省して、今度はああやってたじろぎもしないで、地面とのキッスを繰り返しているんだ」
(続)
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