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大きな栗の木の下で 42 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 なんかあたし、矢岳君を見ることが出来ずに俯いて仕舞ったの。
「音楽をやっている?」
 父が矢岳君の言葉を繰り返すの。
「レコード会社に勤めているんでしょう?」
 これは母の言葉。そこで矢岳君がまたあたしを見るの。
「俺のこと、ちゃんと話していなかったのか?」
 これは矢岳君があたしに対して聞く言葉。あたしは俯いて小さくなっているだけ。
「レコード会社のサラリーマンなのか?」
 父が聞き質すの。
「いいえ、そんなんじゃありません。僕は、歌詠いでギター奏者です」
「歌詠いでギター奏者?」
 父は、勿論母も、その矢岳君の言葉をすぐに理解出来なかったみたい。
「一般的に云えば、シンガー・ソングライターと云うことになります」
 矢岳君が云うの。
「なんだその、シンガーなんとかと云うのは?」
「作詞作曲して、それを自分で歌うんです」
「要するに、テレビに出てくるような歌手か?」
 矢岳君は困惑して父を見返すの。矢岳君としては自分を所謂「歌手」だけだとは思っていなかったし、寧ろそう云った規格の外に居る「アーティスト」だと思っていたから、その父の言葉を首肯するわけにはいかなかったんだろうけど、でも、その辺を相手に判るように説明するのはしんどいと云うような顔をしていたわ。
「まあ、大雑把な括りで云えば、そうも云えるかも知れません。ちょっと違うんだけど。それに、僕はテレビには出る気なんかないし」
「結局、いったいなんの商売をやっているんだ?」
 父が焦れたように言葉を荒げるの。
「だから、シンガー・ソングライターです。フォークの」
「今流行りのニュー・ミュージック? 荒井由実とかハイ・ファイ・セットみたいな」
 これは母が云うの。母が荒井由実とかハイ・ファイ・セットとか知っているの、全く意外だったから、場の険悪なムードとは別に、あたしちょっと驚いたわ。
「いや、僕はあくまで自分の歌はフォークだと考えています」
「だから結局、なにをして食っているんだ?」
 父はもう今まで保っていた常識人の顔をかなぐり捨てて、殆ど怒りだしているの。
「具体的にはレコードの売り上げと、コンサート活動ですよ」
 矢岳君も売り言葉に買い言葉みたいに、ちょっと語気を荒げるの。まあ、売り語気に買い語気って云うのが正しいかな。別にどっちでもいいんだけど。でもね、あたしはあくまで、矢岳君にはすぐに父の語気の荒さに反応しないで、クールに、誠実で律義な感じで対応して欲しかったんだけどね。でもまあ、矢岳君の性格から、それは無理だったかな。
(続)
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