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大きな栗の木の下で 24 [大きな栗の木の下で 1 創作]

「なんの仕事しているんだい、沙代子は?」
 御船さんが聞くのでありました。
「小さな測量会社で働いているの」
「と云うと、なんかヘルメット被って長い棒持って、道端に立ったりする仕事か?」
「あたしはそれはやらないけどね。まあ、事務とか、調製図の編集とか」
「調製図って?」
「ほら、周りに色んな広告の載った町内の住宅案内地図とか、災害時の避難所の一覧地図とかあるでしょう、そういう特定の目的のために調製した地図よ」
「ああ、なんかちょこちょこ見たことがあるかな、そんなやつ」
 御船さんは頷くのでありました。「あれを作っているのか、沙代子が?」
「まあ、その編集作業よ、細々した」
 沙代子さんはそう云って微笑むのでありましたが、それはそれだけの説明では自分のしている仕事の内容が、御船さんにちゃんと伝わらないだろうなと云うもどかしさと云うのか諦めと云うのか、そんな風の力のない笑みなのでありました。確かに御船さんは沙代子さんの仕事の内容については今一つ明確には判らないのでありましたが、しかしまあ、測量会社に勤めていると云うそれだけ聴けば、ほぼ満足する回答なのでありました。
「じゃあ、土日が休みで、その他の日は朝九時から夕方五時までの仕事と云うわけだな」
「うん、原則ね。残業とか偶に休日出勤とかあるけど」
「まあ、そういうのは、どんな仕事でもつきものだろうさ」
「御船君は?」
 今度は沙代子さんが聞くのでありました。
「俺は、市役所」
「ああ、公務員?」
「環境保全課って云うところにいるよ」
 御船さんはそう云った後で、「いる」ではなくて「いた」と云うべきかとも考えるのでありました。しかし長期休職中とは云え未だ一応自分の籍はそこにあることになっているわけだから、その云い方で問題はないかとも思うのでありました。しかしこの儘いけば数ヵ月後には失職と云うことになるのだなあと、御船さんは改めて思うのでありました。
「今は病気療養中で、仕事は休んでいるの?」
「そうね、休職中だよ。未だ俺の体は仕事に耐えられないだろうから。来年の一月までは休めるんだよ、市の規定でさ。今は病院通いが仕事みたいな感じかな」
「ふうん。一月までに体を元に戻す、今は途中ってわけね」
「ま、そう云うこと。リハビリの積りでこうして時々外を歩いたりしているんだよ。あんまり意欲的にやっているんじゃないけど。なんかすっかり怠け者になっちゃってさ」
「御船君、結婚はしているの?」
 沙代子さんがいきなりそんなことを聞くものだから、御船さんは吐こうとした息を喉の奥につまらせて噎せそうになるのでありました。
(続)
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