大きな栗の木の下で 22 [大きな栗の木の下で 1 創作]
御船さんが矢岳と云う男のことに話を戻すのでありました。「フォーク歌手なら、ファンを大事にしなきゃならんのだろうに、特定の女とつきあったりしていると、大切なファンが怒るんじゃないのかね?」
「でも、そう云うのって情熱的な人に見えるから、逆にそれでまた大勢、ハートがキュンとする女の子が居るんじゃない? その辺はちゃんと判っていて、それで敢えてって云うか、結構安心して、気儘にそんな行動とってるんじゃないかしら、矢岳君としても」
「ああ、成程ね。そうかも知れんし、そうじゃないかも知れんが」
「でも確かに、クールだと思っていたのに、思いつめたら一途に突っ走るんだって、そんな意外性があるとしたら、ちょっとあたしも、胸の底がざわざわする感じがしますもん。まあ、アイドルとかじゃなくてフォークシンガーだから、それもオーケーでしょ」
日野さんがまた自分の胸を両手で抱くような仕草をして見せるのでありました。
実にいけ好かない野郎だと、御船さんは思うのでありました。まあ、その矢岳と云う男には会ったこともないのでありましたが、男前で見栄の良い自分の利点をちゃんと自覚していて、それが人にどのような印象を与えるかもちゃんと弁えていて、それを最大限利用して人の気持ちの機微に巧妙につけ入ってくるその生来の抜け目なさのようなものに、御船さんはムカムカと腹を立てるのでありました。それにその行動に人がどのような感触を持つかをも予めちゃんと計量済みだと云う傲慢さからしても、御船さんは唾棄に値する輩に違いないと推量するのでありました。屹度他人を無礼きったヤツであります。
尤も、これは赤崎さんと日野さんの話だけに依っての印象でありますから、矢岳と云う男の実像をちゃんと捉えてはいないかも知れないと云うことは、御船さんとしては一応考慮してはいるのでありました。しかし兎に角、いけ好かない野郎であります。大体、沙代子さんの心を捉えたと云うその時点で何より、性格とかどんなタイプの男かと云う以前に、御船さんは矢岳と云う男に既に激しく敵愾心を抱くのではありましたが。
栗の木蔭のすぐ外に、白い中に所々黒い斑点のある小さな鳥が一羽舞い下りるのでありました。その鳥は木蔭の中に居る御船さんと沙代子さんにはまるで気づかないように、蔭の縁辺りを歩き回りながら地面を嘴で忙しなく突いているのでありました。
そうしながら、鳥は木蔭の中に入ってくるのでありました。するとそこで急に、蔭の中に居る二人の姿に気づいたと云う風に顔を上げて、首を傾げたり小刻みに横に動かしたりしながら暫く二人を見ているのでありました。
「ところでさあ、沙代子は、なんでまたこの公園に来たんだ?」
御船さんがそう云うと、白い鳥は慌てて蔭の中から中空に飛び去るのでありました。
「うん、このすぐ下の団地に祖母が住んでいて、そこにちょっと用事で来た序でにね」
木蔭の中には、また御船さんと沙代子さんだけが残るのでありました。海からの風が公園まで吹きあがってきて、栗の木の葉群れを騒がせるのでありました。
「でも、どう云う気紛れで、態々この公園まで上がって来たんだ?」
御船さんが尚も聞くのでありました。
(続)
「でも、そう云うのって情熱的な人に見えるから、逆にそれでまた大勢、ハートがキュンとする女の子が居るんじゃない? その辺はちゃんと判っていて、それで敢えてって云うか、結構安心して、気儘にそんな行動とってるんじゃないかしら、矢岳君としても」
「ああ、成程ね。そうかも知れんし、そうじゃないかも知れんが」
「でも確かに、クールだと思っていたのに、思いつめたら一途に突っ走るんだって、そんな意外性があるとしたら、ちょっとあたしも、胸の底がざわざわする感じがしますもん。まあ、アイドルとかじゃなくてフォークシンガーだから、それもオーケーでしょ」
日野さんがまた自分の胸を両手で抱くような仕草をして見せるのでありました。
実にいけ好かない野郎だと、御船さんは思うのでありました。まあ、その矢岳と云う男には会ったこともないのでありましたが、男前で見栄の良い自分の利点をちゃんと自覚していて、それが人にどのような印象を与えるかもちゃんと弁えていて、それを最大限利用して人の気持ちの機微に巧妙につけ入ってくるその生来の抜け目なさのようなものに、御船さんはムカムカと腹を立てるのでありました。それにその行動に人がどのような感触を持つかをも予めちゃんと計量済みだと云う傲慢さからしても、御船さんは唾棄に値する輩に違いないと推量するのでありました。屹度他人を無礼きったヤツであります。
尤も、これは赤崎さんと日野さんの話だけに依っての印象でありますから、矢岳と云う男の実像をちゃんと捉えてはいないかも知れないと云うことは、御船さんとしては一応考慮してはいるのでありました。しかし兎に角、いけ好かない野郎であります。大体、沙代子さんの心を捉えたと云うその時点で何より、性格とかどんなタイプの男かと云う以前に、御船さんは矢岳と云う男に既に激しく敵愾心を抱くのではありましたが。
栗の木蔭のすぐ外に、白い中に所々黒い斑点のある小さな鳥が一羽舞い下りるのでありました。その鳥は木蔭の中に居る御船さんと沙代子さんにはまるで気づかないように、蔭の縁辺りを歩き回りながら地面を嘴で忙しなく突いているのでありました。
そうしながら、鳥は木蔭の中に入ってくるのでありました。するとそこで急に、蔭の中に居る二人の姿に気づいたと云う風に顔を上げて、首を傾げたり小刻みに横に動かしたりしながら暫く二人を見ているのでありました。
「ところでさあ、沙代子は、なんでまたこの公園に来たんだ?」
御船さんがそう云うと、白い鳥は慌てて蔭の中から中空に飛び去るのでありました。
「うん、このすぐ下の団地に祖母が住んでいて、そこにちょっと用事で来た序でにね」
木蔭の中には、また御船さんと沙代子さんだけが残るのでありました。海からの風が公園まで吹きあがってきて、栗の木の葉群れを騒がせるのでありました。
「でも、どう云う気紛れで、態々この公園まで上がって来たんだ?」
御船さんが尚も聞くのでありました。
(続)
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