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大きな栗の木の下で 20 [大きな栗の木の下で 1 創作]

「御船君は高校の同級生だから色々情報が入ると思っていたし、沙代子が辞めた後も沙代子のこと、随分気にしているって思っていたけどなあ」
 赤崎さんがそう云って目を細めて口の端に笑いを作って云うのは、なにやら含むところがあるのを態々御船さんに仄めかすための仕草のようでありましたが、御船さんはそれを無視して極力無表情に徹しているのでありました。
「いや、情報なんてなにも入らないよ」
 この言葉の後に、自分の方には情報を取ろうと云う気も義理も全然ないからと続けようとしたのでありましたが、それを態々つけ足すと、返ってなにやら赤崎さんに余計な憶測の材料を提供することになりそうなので、御船さんはその言葉を口に上せるのを取り止めるのでありました。
「その、沙代子先輩がつきあっている人って、結構有名人なんですよ。だから、色々評判が立ったりするわけですよ」
 日野さんが云うのでありました。
「有名人?」
「そうそう。あたしも前から知っているもん」
 赤崎さんが横から頷くのでありました。
「フォーク歌手なんですよ、その人」
「フォーク歌手?」
 御船さんは首を傾げるのでありました。「学生じゃないのか?」
「学生でフォーク歌手」
 日野さんがそう云う後を受けて、赤崎さんが説明するのでありました。
「ウチの大学の学生なんだけどさ、高校生の頃から路上ライブとかずっとやってて、結構そっちの方面で有名になって、あっちこっちの大学の学園祭とかに引っ張りだこなのよ。話によると、もうすぐプロデビューするんだって。レコードとかも出して」
「確かにすごく歌上手いんですよ、その人。学園祭の時聴いたけど、うっとりしちゃいましたもん。歌詞も物語性があって、感情の機微をうまく表現していて、繊細な感じで」
 日野さんはその時の情景を思い出して、両手で自分の胸を抱いて、恍惚の表情を作りながら目線を中空に投げて見せるのでありました。
「ふうん。そんなヤツのことなんか、俺はちっとも知らなかったけど」
「ま、御船君の頭の中は合気道のことばっかりで、大体脳ミソが無骨に出来上がっているから、音楽とかには丸きり鈍感だろうって云うのは、顔を見ていて想像出来るけどね」
 赤崎さんはそう云って、御船さんを如何にも小馬鹿にするように、下唇を突き出して見せるのでありました。
「俺だって、偶には音楽くらい聞くぜ。これでなかなか、無骨一辺倒と云うわけでもない」
「なに、演歌とか聞くわけ?」
「違うよ、そんなんじゃ」
 御船さんは語気強く否定するのでありました。
(続)
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