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大きな栗の木の下で 19 [大きな栗の木の下で 1 創作]

 沙代子さんは同じ文学部地理学科の同級生の男と何時も一緒にいるところを、合気道部の同期の女子部員に頻繁に目撃されているのでありました。沙代子さんはその男と如何にも仲睦まじそうに寄り添っていると云うのであります。
 四年生になって主将となった御船さんが、同じ師範から指導を受けている五大学合同演武大会の打ちあわせのために、部室で渉外係りの女子部員二人と一緒に居る時、なにかの折りの雑談として沙代子さんの消息をその同期の女子部員から聞くのでありました。
「ねえねえ、知ってる、沙代子のこと?」
 その赤崎と云う名前の女子部員は、メモ帳を見ている御船さんに話しかけるのでありました。沙代子さんの名前が不意に出たものだから、御船さんはメモ帳から目を離して赤崎さんの顔を見るのでありました。
「沙代子のことって?」
「ほら、三年生で合気道部辞めた、同期の沙代子よ。御船君と同じ出身高校の」
「そりゃ判ってるよ。他に沙代子なんて名前のヤツを俺は知らないし」
 御船さんは「沙代子」と云う名前を聞けば誰のことかすぐにピンとくるに決まっているのに、そんな云わでもがなの説明を態々する赤崎さんの了見を測り難く思って、少々疎ましく思うのでありました。
「沙代子さ、地理学科の同じクラスの男と、半同棲してるんだってよ」
「半同棲?」
「そうそう。その男、何時も沙代子のアパートに入り浸っているんだって。学校にも何時も二人一緒に来るんだってさ」
 赤崎さんはそう云いながら、一方の口の端を少し釣り上げた笑いを浮かべて御船さんの顔を大きな目で覗きこむのでありましたが、それはその情報に接した御船さんがどの様な反応をするのか、興味津々に窺っているといった感じの表情なのでありました。
「へえ、そうなんだ。初めて聞いた」
 御船さんは内心の動揺を押し隠して努めて冷静な口調で、殊更その話題に対して強い興味を示さない風の語調で云うのでありました。
「沙代子先輩のことは、学課内でも結構有名ですよ」
 もう一人の渉外係の女子部員で、一級下になる日野と云う名の子が横から話に参加するのでありました。「あたしも沙代子先輩と同じ学課だけど、学年違いのあたしなんかが知ってるくらいだから」
「ふうん。しかし全学的な評判は立っていないわけだな、経済学部の俺は全く知らなかったんだから。まあ、文学部地理学科は一学年五十人くらいの小さい世帯だから、ちっと目立つことすると、すぐに皆に知れ渡るんだろうけどな」
「御船先輩は同じ高校の出身だから、とっくに知っているかと思っていましたけど」
「いやあ、俺ん処の高校から五人ばかりこの大学に来ているけど、でも学部が違うともう殆ど交流なんかないし、アイツが合気道部辞めた後は、俺は顔も見ないよ」
 御船さんはそう悠長に云って、如何にも落ち着きはらった様子を演じるのでありました。
(続)
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