大きな栗の木の下で 18 [大きな栗の木の下で 1 創作]
「そりゃそうかも知れないけど、なんか未だ今一つピンとこないなあ、それだけでは」
御船さんは首を傾げた儘でいるのでありました。要は、自分を慕って合気道部に入ったのだと云う沙代子さんの言葉が欲しくて、こうもしつこくその辺りを聞き質しているんだろうなと、御船さんは傾げた頭の下になった辺りで考えるのでありました。
「困ったなあ。ほんとうにそう云う理由から、あたしは合気道部に入ったんだから。・・・」
沙代子さんも首を傾げて御船さんを見るのでありました。「御船君みたいに、合気道にぞっこん惚れこんで入ったわけじゃないところが、御船君には不満なのかな?」
「いや別に、不満とかそういうんじゃないんだけど、ちょっとばかりそこいら辺がずうっと謎と云えば謎だったからさ、俺としては」
「ま、でも結局あたし、三年間しか合気道やらなかったけどさ」
沙代子さんはそう云ってまたゆっくりと遠く海の方を見るのでありました。それはなにやら御船さんに対する申しわけなさと云うのか気まずさと云うのか、そう云うもののために沙代子さんが視線を外した風にも御船さんには見えるのでありました。まあ、沙代子さんは自分の判断で退部したのでありますし、御船さんが沙代子さんを強く合気道部に誘ったわけでも全くないのでありましたから、殊更それを気に病む義理は何処にもないのであります。二人の間の空気がなんとなく急に、妙にしめやかになるのでありました。
「そう云えば辞め方の方は、なんか唐突だったからちょっと困惑したよ、俺は」
「そうよね。御船君には喫茶店に呼び出されて慰留されたしね。まあ、次期主将か副将候補の御船君としては、幹部に慰留して来いってそう指示されたから、一応仕事上あたしを慰留しなければならなかったんだろうけどさ」
沙代子さんはそう云った後、急に御船さんの方に顔を向けて悪戯っぽい微笑を投げるのでありました。「ねえねえ、でもさ、御船君自身は、寂しかった、それともそんなでもなかった、あたしが突然合気道部を辞めたことが?」
今度は御船さんが海の方を向く番でありました。
「なんか、せっかく入学以来頑張っていたのにと思って、ちょっとがっかりしたかな」
ちょっとがっかりしたどころじゃなくて、それこそ陳腐な表現ながら、奈落へ突き落されたくらいの衝撃を受けたと云うのが正確なところなのでありましたが、それは今、沙代子さんに表明する必要はなかろうと御船さんは思うのでありました。
「あたしのことなんか全然眼中になくて、何時も合気道のことばっかり考えていると思っていたけど、そうすると少しは、あたしのことも気にしてくれていたんだ、御船君」
「そりゃそうさ、一応高校の頃からの同級生なんだし」
御船さんはそう云って沙代子さんの方に顔を戻そうかと思うのでありましたが、なにやら今の言葉以上に、自分の様々な思いに溢れた表情を沙代子さんに見せて仕舞いそうな気がして、御船さんは海の方に顔を向けた儘にしているのでありました。
沙代子さんが合気道部を辞めた本当の理由を、御船さんは後に人づてに知るのでありました。それは御船さんにとっては、耐えられないくらい衝撃的なものなのでありました。
(続)
御船さんは首を傾げた儘でいるのでありました。要は、自分を慕って合気道部に入ったのだと云う沙代子さんの言葉が欲しくて、こうもしつこくその辺りを聞き質しているんだろうなと、御船さんは傾げた頭の下になった辺りで考えるのでありました。
「困ったなあ。ほんとうにそう云う理由から、あたしは合気道部に入ったんだから。・・・」
沙代子さんも首を傾げて御船さんを見るのでありました。「御船君みたいに、合気道にぞっこん惚れこんで入ったわけじゃないところが、御船君には不満なのかな?」
「いや別に、不満とかそういうんじゃないんだけど、ちょっとばかりそこいら辺がずうっと謎と云えば謎だったからさ、俺としては」
「ま、でも結局あたし、三年間しか合気道やらなかったけどさ」
沙代子さんはそう云ってまたゆっくりと遠く海の方を見るのでありました。それはなにやら御船さんに対する申しわけなさと云うのか気まずさと云うのか、そう云うもののために沙代子さんが視線を外した風にも御船さんには見えるのでありました。まあ、沙代子さんは自分の判断で退部したのでありますし、御船さんが沙代子さんを強く合気道部に誘ったわけでも全くないのでありましたから、殊更それを気に病む義理は何処にもないのであります。二人の間の空気がなんとなく急に、妙にしめやかになるのでありました。
「そう云えば辞め方の方は、なんか唐突だったからちょっと困惑したよ、俺は」
「そうよね。御船君には喫茶店に呼び出されて慰留されたしね。まあ、次期主将か副将候補の御船君としては、幹部に慰留して来いってそう指示されたから、一応仕事上あたしを慰留しなければならなかったんだろうけどさ」
沙代子さんはそう云った後、急に御船さんの方に顔を向けて悪戯っぽい微笑を投げるのでありました。「ねえねえ、でもさ、御船君自身は、寂しかった、それともそんなでもなかった、あたしが突然合気道部を辞めたことが?」
今度は御船さんが海の方を向く番でありました。
「なんか、せっかく入学以来頑張っていたのにと思って、ちょっとがっかりしたかな」
ちょっとがっかりしたどころじゃなくて、それこそ陳腐な表現ながら、奈落へ突き落されたくらいの衝撃を受けたと云うのが正確なところなのでありましたが、それは今、沙代子さんに表明する必要はなかろうと御船さんは思うのでありました。
「あたしのことなんか全然眼中になくて、何時も合気道のことばっかり考えていると思っていたけど、そうすると少しは、あたしのことも気にしてくれていたんだ、御船君」
「そりゃそうさ、一応高校の頃からの同級生なんだし」
御船さんはそう云って沙代子さんの方に顔を戻そうかと思うのでありましたが、なにやら今の言葉以上に、自分の様々な思いに溢れた表情を沙代子さんに見せて仕舞いそうな気がして、御船さんは海の方に顔を向けた儘にしているのでありました。
沙代子さんが合気道部を辞めた本当の理由を、御船さんは後に人づてに知るのでありました。それは御船さんにとっては、耐えられないくらい衝撃的なものなのでありました。
(続)
nice ありがとうございました。
興味深く読ませていただきました。
企業では今日から夏時間にするところも。
私も夏時間にしようかな?
by kawasemi (2011-06-01 14:45)
こちらこそ、有難うございます。
ま、どうせ一日24時間は変わらないし、と云う了見の拙生は、
余りに時世を弁えぬものぐさ者でありましょうか。・・・
by 汎武 (2011-06-01 16:26)