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大きな栗の木の下で 17 [大きな栗の木の下で 1 創作]

 初稽古から帰って、寝しなに布団の中で御船さんは甘やかに考えるのでありました。沙代子さんはひょっとしたら、自分を慕って合気道部に入ったのではなかろうかと。今まで自分の一方的で密やかな沙代子さんへの恋慕であろうと思いなしていたものが、実は沙代子さんの方にも、少ならず自分を恋う気持ちがあったのかも知れないのであります。
 高校生の頃、大学に入ったら合気道を始めようと御船さんが決意していると云うことは、一部の同級生の間では周知の事実であったし、沙代子さんもそれを知っていたのでありました。だから、同じ大学に通うことになった沙代子さんは、これぞ、御船さんにもっと接近するチャンスと考えて、そのなんたるかもよく知りもしない合気道部に所属しようとしたのであります。これは、余りに事象を都合よく解釈し過ぎているでありましょうか。いやいや、案外、正鵠を得た観測かも知れません。しかし、いや、待て、・・・。
 御船さんはその夜、興奮の冷めやらぬ頭でそんなことばかりを考えながら、何時までも布団の中で寝返りを打っているのでありました。だから次の日は当然、すっかり寝不足になったのでありました。
「ま、確かにあたしが合気道部に入るなんて、御船君は考えもしなかったでしょうね。あたしだって、高校の卒業式までは、そんなこと考えもしなかったんだから」
 沙代子さんが、未だに夏のような日差しに明るく輝いている遠くの海に目線を投げながら云うのでありました。
「でも本当のところ、沙代子はなんで合気道部に入ろうなんて了見を起したんだ?」
 御船さんがそう聞くと、沙代子さんは木蔭の中の御船さんの顔に視線を戻すのでありました。その目は未だ眩しそうに細められた儘なのでありました。
「さっきも云ったように四年間、なんか打ちこめるものが欲しかったからよ」
「しかしそれなら、合気道じゃなくても別に良かっただろうに」
「だから、御船君の言葉がずっと頭に残っていたから」
「でも、なんか未だそれだけでは唐突な感じが拭えないなあ。沙代子が合気道を選ぶ必然性みたいなものが、もう一つピンとこないや」
「ほら、合気道って剣道とか薙刀とか居合とか、他の武道と違って、稽古着だけ買えばそれで済むじゃない。安上がりだしさ」
「そんなら、柔道でも空手でもよかったことになるぜ。その方が後で袴代もかからなくて、もっと安上がりじゃないか。だからさ、今のその理由もなんとなく取ってつけたような感じで、成程と思わせるものが今一つ足りないんだな、なんか」
「あたしこれでも一応は、合気道について少しは調べたのよ、本読んだりして。他の武道よりも、女の子にも取つき易そうな気がしたのよ、合気道は」
「でもそれなら、テニスとかゴルフとか、いやゴルフは金がかかるか。・・・まあしかし、なんかそんなようなものでも良いわけじゃないか。しかも体育会のクラブじゃなくて、同好会みたいなものなら、もっと取つき易かっただろうに」
「でも、やるからには、なんか覚悟みたいなものも欲しかったの。体育会のクラブの方が、ちょっと厳しそうな感じだからさ、そっちの方が良いかなって考えて」
(続)
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