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大きな栗の木の下で 10 [大きな栗の木の下で 1 創作]

「ふうん、そう」
 沙代子さんは口を引き結んで頷くのでありました。沙代子さんの唇が両端に小さな皺を刻んで昔と同じ可愛らしい、飛んでいるカモメの形を描いているのでありました。御船さんはどぎまぎとして、何故か慌て沙代子さんの唇から視線を外すのでありました。
「まあ、小島先輩は別に俺にどうこう云うことはなかったし、そうかご苦労さんなんてこと云って、それで終わりになったよ」
「なんかさ、あたしのことで御船君が、幹部に責められたりしなかったかって、ちょっと心配ではあったのよ」
「いくら体育会だからって云って、わけの判らないいちゃもんをつけて、下級生を虐めたりはしないさ。高校生じゃないんだからさ」
 海からの風に頭上の葉群れがさざめくのでありました。御船さんは空を見上げるのでありました。葉群れの際から見える空には線状に走る薄い雲が幾筋か、海の方へ向かって流れているのでありました。
「ちっとも、涼しくならないわね」
 沙代子さんが額に手の甲を当てながら云うのでありました。
「そうだなあ。もう彼岸も近いのになあ」
 御船さんは未だ空を見ながら返すのでありました。
「でも、考えたら、奇遇よね」
 沙代子さんも御船さんと同じように遠くの空を見ながら云うのでありました。
「奇遇って、詰まり、ここでこうして再会したことがか?」
 御船さんは沙代子さんの顔に視線を戻すのでありました。
「ううん。まあ、それも奇遇だけど、そうじゃなくて御船君とあたしが東京の同じ大学に行くことになって、合気道部で三年と少しだったけど、一緒だったてことがさ」
「まあ、確かにね」
「御船君と同じ大学を受験するってことは、前から知っていたんだけど、でもあたし、とても入れる自信なんか、実はなかったのよ、高校三年生の初めの頃は」
「俺もそんなに自信がある方じゃなかったけどさ。なんとなくちゃらちゃらしてて、あんまり真面目な受験生じゃなかったしな、俺は」
「御船君、あそこ第二志望だったんでしょう?」
「うん。でも第一志望も第二志望も本当はなくて、入れればどこでもよかったかな。兎に角俺としては親から離れて、東京で一人暮らしがしたかっただけだから」
「あたしはあの大学が第一志望だったのよ。だってあたしそんなに勉強、得意な方じゃなかったし。だから三年生の時は結構一生懸命受験勉強したの、これでも」
「ウチの高校から五人だったか、あそこの大学を受験したから、沙代子と一緒になるかも知れないことは、まあ、考えられることではあったけどさ、しかしまさか、大学で沙代子が合気道部に入るとは思いもしなかったよ。これこそ俺にしたら本当に、奇遇と云えばこれ程の奇遇はなかったかな」
(続)
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