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大きな栗の木の下で 5 [大きな栗の木の下で 1 創作]

 御船さんはポロシャツから覗く細った自分の腕を撫でながら云うのでありました。「長いこと病院で喉に管を入れていたから、声はこんな風になるし、体中の筋肉は委縮して足腰はか弱くなるし上半身の力も落ちるだけ落ちたし、だから病気以来、気持ちも、大いに萎えちゃって、なんに因らず消極的になっちまったし」
「ふうん。でも、それは時間がたてば段々、治るんでしょう?」
「そう思うけどね。でも目下のところ、それが何時になったら良化に転じるのか目途も立たないし、なんか治る気がちっともしないんだよ」
 御船さんはそう云いながら、これが泣き言に聞こえて仕舞わないか心配するのでありました。約九年ぶりに逢った沙代子さんにいきなり泣き言を云い募ってみても仕方がないし、それじゃあ余りに情けなかろうし、第一失礼でもあろうと思ったのであります。
「そう。・・・」
 沙代子さんは気の毒そうな目をして御船さんを見るのでありました。
「ああ、いや、久しぶりに逢ったのに、こんなつまらないこと云い出して悪い々々」
 御船さんはおどけるようにそう云って頭を掻いて見せるのでありました。
「ううん、こっちから問い質したようなものだし。でも、なんかそんな御船君にここで今日逢おうとは、思ってもみなかったわ。昔はあんなに力持ちでスポーツマンだったのに」
「力持ちでスポーツマン?」
「だって大学生の時は、合気道部の副将だったじゃない」
 御船さんと沙代子さんは高校の同級生でもあったし、あくまで偶然ではありましたが、二人共高校を卒業した後は東京に出て同じ大学に通うことになったのでありました。しかもこれまた全く示しあわせたわけでもないのに、二人は大学の合気道部の初稽古で顔をあわせてしまったのでありました。
「俺は力で合気道やってたわけじゃないぜ。そもそも力に頼らないのが合気道だし。それに合気道はスポーツじゃなくて、武道だぜ」
「そんな風なことをムキになって云うのは、昔の御船君と変わってないわね」
 沙代子さんはそう云って掌で口を隠して笑うのでありました。それまで何故か静まっていた海からの風が山の斜面を吹き上がって来て、木蔭の中の二人の顔を撫でて通り過ぎて行くのでありました。栗の古木が旺盛な葉擦れの音を蔭の中にふり落とすのでありました。その音が静まってから、御船さんは少し自嘲的な笑いを漏らすのでありました。
「なんか未だに、合気道の話になると妙に熱くなっちまうなあ。大学卒業して合気道辞めてから、もう大分経つってのにさ」
「大学の時から、力が入っているとか、技が力強いとか、腕力があるとか云われたら、兎に角力って言葉を使われたら、御船君何時も不満そうな顔をしてみたり、なんか小難しいこと云って反論してたわよね」
「力を褒められると、お前は合気道について実はなんにも判ってないんだって、揶揄されているような気がしてさ、それで竟々クールじゃなくなってたんだよ。まあ、今考えると、確かに大いに力で、技をやっていたんだけどさ」
(続)
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