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石の下の楽土には 96 [石の下の楽土には 4 創作]

 さてだからと云って、拙生はこの事実を島原さんに伝える術を持っていないのでありました。島原さんは『雲仙』にはもう全く姿を現さなくなって仕舞ったし。
 試しに個人名電話帳でこの地域の島原と云う姓を調べてみるのでありました。意外にもその姓は少なく、十数人程がそこに載っているだけなのでありました。それに住所から、墓地や『雲仙』に歩いて来ることの出来る家と云ったら、中でも四軒程なのでありました。これはしめたと拙生はその四軒に電話をかけてみるのでありました。
 しかしその四軒は当て外れなのでありました。島原さんは電話帳に自分の家の電話番号が記載されることを断っているのかも知れません。こうなると交番とか役所に問い合わせてみると云う手もありますが、それは如何にも大袈裟な仕業のような気がするのでありました。それに墓暴きと云う人に云えないことを行った拙生としては、お上に接触して島原さんを探すのは、ま、怖気づき過ぎでありましょうがなにやら憚られるのでありました。
 その内島原さんが『雲仙』に現れるかも知れないし、可能性は恐ろしく低いながら、逢いたいと念じていれば、駅前とか街中でひょっとして偶然に逢えるかもしれない等と、ずぼらなことを考えて拙生は敢えてそれ以上、島原さんに逢う手を尽くさないのでありました。この辺りが拙生の実に以ってだらしないところであります。
 まあ、時間が経って島原さん自身が落ち着けば、自分の思いこみのとんでもない非現実性に思い至って、屹度また奥さんの墓参りを再開するでありましょう。そうなれば娘と再び逢うチャンスもあると云うものであります。であれば、拙生が出る幕もないのであります。第一幾ら島原さんのためとは云え、娘の家族の墓暴きをした等と云うことを、当の島原さんに伝えることも、考えてみればなにやら憚られることのようでもあるし。
 そうであるなら、拙生の墓暴きは結局徒労であったと云うことになります。それでもまあ、いいかと拙生は思うのでありました。と云うのも、あの行為に及ぶ時、島原さんとはなんの関係もない、全くの拙生自身の抱え持つ事情による錯乱が、なんの脈絡もなく拙生の頭の中にいきなり出現したことが、なにやら拙生にはひどく大きな意味を持つことであったように思えるのでありましたから。
 それが拙生にとってどのような意味であったのか、実のところ未だ茫漠としている儘ではあります。失った彼女のことを拙生の中でどう整理すればいいのか、或いはひょっとしたら敢えて整理する必要などないと云うことなのか、またはそんなこととは全く違うなにかなのか、簡単にその意味を明瞭にすることは到底出来ないのであります。それは未だ本当に、なんとも云えないのであります。しかし兎に角、これから先拙生の生の中での、彼女の面影の置き場所をはっきりと決めるなにかしらの示唆が、あの行為と錯乱とその結末の連関の中にあったような気が、ただそんな気が、なんとなくするのであります。・・・
 拙生は『雲仙』を辞めるのでありました。それは、さして意気ごみもなかったのでありましたが、新聞の求人広告で応募した或る小さな出版社に就職が叶いそうな気配になったことと、拙生の代わりに入った『雲仙』の新人アルバイトが大いに意欲的で、出来たら一週間フルに働きたいと小浜さんに懇願していると云うことを聞き知ったからでありました。まあ、この辺が潮時であるなと拙生は考えるのでありました。
(続)
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