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石の下の楽土には 94 [石の下の楽土には 4 創作]

 さて、と拙生は思うのでありました。さていよいよ、この蓋を拙生は開けなければならないのでありました。
 島原さんの突拍子もない推理を、拙生は十の内九まで支持していなかかったのでありましたから、これから死体と対面するかも知れないと云う恐怖は殆どないのでありました。しかし墓を暴くと云う行為は、どう考えても異常な行為であることは重々承知しているのでありました。意図は別にしてもその行為自体は犯罪であろうし、墓地の管理者やここに墓を所有している総ての人々、それにここに眠る総ての遺骨に対して、また文化と云う観点から云えば全人類に対して(この云い方は余りに大袈裟過ぎるかも知れませんが)、卑劣で不敬で、到底許し難い行為であります。そんな畏れが拙生の頭の上に入道雲のように湧き上がってきて、拙生の手の動きが逡巡の重い粘り気に覆われるのでありました。
 しかしこれは島原さんの、この先そう長くもないであろう余生を安寧に過ごして貰うために絶対に必要な検証なのだと、拙生は前から何度も考たことを確然と頭の中でもう一度言葉にしてみるのでありました。島原さんが自分で検証出来ないのなら、代わりに拙生が島原さん対する友誼と云うのか、親愛の情と云うのか、兎に角そう云うものにかけて、これを行わなければならないのであります。
 また万々が一、島原さんが云うように娘がこの墓の中で果てていたなら、それは矢張り娘の骸をその儘放置しておくことも出来ないでありましょう。いや実は、ここのところは拙生にも、どうすべきか未だよくは判らないのでありました。その儘にして置くことが娘の意志に添うことのようでもあるし、しかしそれではなにか余りにも無惨であるとも思えるし。一面では、どうせもうこの墓の存在を気にかける人は、遂にこの世から居なくなったと云うことでありますから、拙生と島原さんだけの秘密にしておいても、発覚さえしなければ当分の間は面倒な問題は多分起こらないでありましょう。娘自身もこの世に極めて縁薄く生きていたのでありましたから。
 だからまあ、何らかの供養を拙生と島原さんでしてあげれば、ほぼ、それでいいのではないでしょうか。しかし墓の所有者が行方不明になったのでありますから、先のどこかの時点では間違いなくこのことは発覚するでありましょうけれど。
 いやいやまあ、それでも、これはあくまで万々が一の話であって、そう云った危惧は先ず、持たなくとも大丈夫なのであります。拙生には娘が幾らなんでもそんなことをするとは、どうしても思われないのでありますし。
 拙生は懐中電灯を傍らに置くのでありました。それから凍った納骨棺の御影石に手をかけるのでありました。どうしたものかその時、拙生の頭の中に、妙な思いがいきなり兆すのでありました。それは、蓋を開けたら、ひょっとしたら娘ではなくて、四年前に病でこの世を去った拙生の高校時代につきあっていていた彼女が、この中に蹲っているのではないかと。・・・
 なんの脈絡も、関連も、毛程の実現性もない錯乱のようなものでありましたが、しかし拙生はそう思った時、なにか体の芯が急に沸騰するような熱を帯びたような気がしたのでありました。彼女に、今、拙生は逢うことが出来るのかも知れない。失った時にこれ程悲痛な出来事はないと思った、あの、彼女に。拙生の納骨棺に添えた掌が、御影石の冷たさをなにも感じなくなっているのでありました。
(続)
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