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石の下の楽土には 91 [石の下の楽土には 4 創作]

 小浜さんは島原さんに対して、矢張り冷えのある云い方をするのでありました。拙生はその小浜さんの態度に朗らかならないのでありましたが、しかし納まりかけた云いあいをここで蒸し返して仕舞うのはうんざりだったので、なにも云わないのでありました。
「さてそろそろ暖簾を出すか」
 小浜さんがそう云って両膝を叩いて椅子から立ち上がるのでありました。拙生は暖簾を取って出入口の引き戸を開けるのでありました。
 ・・・・・・
 拙生は新聞を閉じて、その日の、本格化した就職活動(!)を仕舞いにするのでありました。それからごろんと畳に仰向けに寝転がって、アパートの部屋の見慣れた天井の染みを眺めるのでありました。そろそろ夕闇が部屋の中に侵入してきて、染みをぼやけさせているのでありました。
 腹がグウと鳴るのでありました。目を閉じていたら拙生は寝入って仕舞うのでありました。暫しのまどろみから目覚めた後、拙生は決然と上体を起こすのでありました。立ち上がって壁にかけていたコートを取り、それを暗い中で身につけるのでありました。それから洋服箪笥の一番下の引き出しから懐中電灯を取り出し、試しに何度か点けたり消したりてみるのでありました。懐中電灯をコートのポケットに押しこみ、拙生は部屋を出るのでありました。
 道を歩きながら、今日は念のため夕食は食わない方がよかろうと思うのでありました。暫く歩いて住宅地を抜けると駅に出るのでありました。駅前広場脇の踏切を渡って駅の反対側に出ると、すぐに広い幹線道路でありました。冬の風がそこを高速で吹きぬけているのでありました。拙生は幹線道路を渡って少し歩いて、そこから直角に延びる、未だそんなに夜更けてもいないのに人通りや車通りの絶えた、両脇に背の高い欅の街路樹が植えられた坂道の歩道を、街路灯に照らされて登って行くのでありました。
 島原さんの自宅の住所とか電話番号とかは聞かなかったのでありましたが、島原さんの奥さんが眠る墓地の名前と、大体の場所は聞いているのでありました。そこは坂道を登り切って峠を越え、都営霊園を過ぎて暫く下った辺りに在るのでありました。
 長い坂道でありました。急な傾斜もあって、拙生は時々立ち止まって休息するのでありましたが、それは休息と云う目的ばかりではなくて、墓地に到着する時間を少しでも遅らせたいと云う、拙生の気後れの表れでもありました。
 しかし墓地までの里程は容赦なく縮まるのでありました。峠の手前にある花屋は、屹度あの娘が勤めていた花屋でありましょう。店は閉まっていて、背後の木々と夜闇の中に深閑と溶けているのでありました。
 峠を越えて都営霊園を横目に、思っていたよりも長く坂を下ると、門燈に照らされた大きな石柱が道脇に建っているのでありました。石柱に刻まれた文字を読むと、島原さんから教えて貰った墓地の名前でありました。
 鉄の門扉は閉まっているのでありました。しかしそんなに高い門ではなかったから、拙生は辺りを見回した後、それを乗り越えるのでありました。
(続)
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姥桜のかぐや姫

訪問&ナイス
有難うございます
石の下の事がとても気になる今日この頃です。
by 姥桜のかぐや姫 (2011-02-19 07:36) 

汎武

こちらこそ何時も有難うございます。
お忙しくご活躍のことと拝察しております。
石の下には色々なものがあるようにも思えるし、
なにもないのかも知れないし。
by 汎武 (2011-02-19 07:52) 

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