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石の下の楽土には 85 [石の下の楽土には 3 創作]

「不可能では、ないと思う」
 島原さんは暫くしてから目を開くと、そう小さな声で応えるのでありました。
「でも、ですよ」
 拙生は尚も食い下がるのでありました。「娘は、自分がこの世から居なくなったとしたら、家族の墓の世話も供養も出来なくなるって、そんな風なことを云っていたと、前に島原さんは話してくれませんでしたっけ?」
「うん、確かに娘はそう云っていた」
「なにを差し置いても、それは娘にとって大事な仕事であるわけでしょう?」
「この世に一人残った以上、それを最も大事な自分の仕事だと思っていたようだね」
 島原さんは拙生を見上げて頷くのでありました。
「だったら、自分がこの世に生きていなければならないと、詰まり生きている意味はあるんだと、娘はそう自覚していたと云うことになりませんかね?」
「確かにね」
「それなら、それを簡単に放棄するような真似を、娘がするでしょうか?」
「この先、生きていく手段が残っていれば、娘は屹度墓守と供養のために生きようとしたと思うよ。でも、次のアルバイトがなかなか見つからないし、今後のこの世での生活の目途も立たないと思ったら、ぎりぎりに追いつめられたような気になってしまったのかも知れない。そうなると娘があっさり死を選んで仕舞う理由として、それは如何にも充分なものだったと思う。なんせ、この世に生きる意欲が、驚くほど希薄な感じの娘だったからね。もっと云えば、生きていくことに、投げやりな感じだったし」
「でも、本当にそれですぐに、死のうと短絡して仕舞うんでしょうかね?」
「それは、全くその個人の資質の問題になるから、結局なんとも云えないかも知れない。もっと頑張ろうとする人もあれば、すぐに諦めて仕舞う人も居るだろう。ただ、娘の場合は、矢張り後者だったような気がするよ、私は」
「娘はこの世から去って家族の居る楽土に行くために、墓の中に入りこんで、もう出てこない決心をしたと、島原さんはそう考えるんですね?」
「私には、そう思えるんだよ」
「でも自分には、それは矢張り余りにも現実離れした推理のようにしか、・・・」
 島原さんは拙生にそう云われることを、既に最初から判っていたのでありましょう。だから苦く自嘲的に笑って項垂れるのでありました。
 しかし島原さんの推理に、拙生はどうしてもリアリティーを感じることが出来ないのでありました。もっとなにか、なんと云うこともない単純な別の事情で納骨棺の蓋が歪んでいたり、目地のモルタルが剥がれたりしたのではないでしょうか。それに娘が墓地に何日も現れないのも、それこそアルバイト探しとか或いはアルバイトが決まって、今迄のように自由に動けなくなったからだと考える方が、拙生には如何にも自然で無理のない推察であると思われるのでありました。島原さんの白髪の頭頂部に拙生は「幾らなんでもそれは余りに考え過ぎですよ」と、目線のみで語りかけるのでありました。
(続)
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