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石の下の楽土には 81 [石の下の楽土には 3 創作]

 島原さんは徳利を取って拙生の差し出した猪口に酒を注ぐのでありました。拙生はそれを押し頂いて軽く口をつけると、その儘また流し台の横に置くのでありました。客が何度もしつこく、こちらが遠慮しても勧めてくる場合は、気づかれないように中の酒は流しに棄てて、それを口に持っていって、グッと空けるような仕草をした後差し出すようにとも小浜さんに云われているのでありました。幾ら愛想とは云え、商売をしている側が仕事中に飲むのは、厳に慎まなければならないのは全く当然のことでありました。
「娘は、どうしちゃったんですかねえ」
 拙生はそう云いながら島原さんの手から徳利を貰って待機していると、島原さんは自分の猪口を取り上げて、一口舐めた後それを拙生に差し出すのでありました。殆ど中身が減っていない猪口に、拙生はそれこそほんのお愛想程度に酒を注ぎ足すのでありました。
「新しいアルバイトの都合で墓地に来られなくなったのなら、それは仕方ない話だけど、でも考えたら、墓地に来るのを犠牲にしなければならないようなアルバイトを、幾ら不景気で仕事がないと云っても、娘が選ぶことなんかないように、私は思うんだよ」
 島原さんはそう云って、また口をつけずに猪口を下に置くのでありました。
「そりゃそうですよね、今までの経緯からしても」
「一応花を取り替えたり、一通りの仕事を片づけた後、まあ、娘が現れる気配のようなものは全く感じられなかったんだけれど、それでもその日は結構長い時間、私は墓地で娘を待っていたんだよ」
 島原さんはそこで猪口を取って、口の中を湿すように一口飲むのでありました。「それでね、娘の家族の墓をなんとなく見ていたら、ちょっと妙な様子に気づいたんだよ」
「妙な様子って、詰まり墓の姿が、と云うことですか?」
「うん、そう。と云っても気づかないでいたなら気づかない儘、なんと云うこともなく見過ごしてしまうようなことかも知れないけど。・・・」
 島原さんはそう云った後、猪口の酒を一気に飲むのでありました。拙生は徳利を傾けて空いた猪口にまた酒を満たすのでありました。
「墓に、疵かなにかついていたんですか?」
「いや、そんなんじゃなくてね、ほら、墓ってのは、一番下の段が納骨棺になっていて、その上に石が三つ重ねてあるだろう。一番上のが家の名前とかが彫ってある縦長の石で。ウチの女房の墓もそうだし、娘の家族の墓もそんな形になっているんだよ」
 島原さんにそう云われても、拙生はぼんやりとしか墓の姿形を思い浮かべられないのでありました。そう云われれば、確かにそんな風でありましたか。
「ああ、そうでしたかねえ」
 拙生は曖昧に云うのでありました。
「その墓の納骨棺、お骨を入れるところなんだけど、それには石の蓋がついていてね、その蓋は納骨した後にモルタルで縁取ってしっかり固定するんだけど、その縁取りのモルタルが、娘の家族の墓の方はすっかり剥がれてなくなっていたんだよ。ウチの女房の墓は綺麗に目地にモルタルが埋まっているんだけどね」
(続)
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