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石の下の楽土には 68 [石の下の楽土には 3 創作]

 そうか、娘に千葉のお土産を買ってくればよかったなと、島原さんは娘を待ちながら思うのでありました。全く、気が利かないところは昔からちっとも変っていないんだからと、島原さんは自分を叱るのでありました。明け方の月のように、自分の思いつきなんと云うものは何時も時宜を逸してからしか閃めかないものだから、結局今までに誰をも喜ばせることが出来なかったなあと、島原さんは自分にため息をつくのでありました。気が利かないと昔から女房にもよく云われていたよなと、島原さんは思い出すのでありました。その女房も、子供を亡くした後は、自分のこの気の利かなさ加減を詰ることも竟にしなくなったけれど。島原さんは目の前の墓をぼんやり眺めるのでありました。娘は、未だ、現れないのでありました。
 今日は来ないのかしらと島原さんは思うのでありました。何時もと、ここへ来る時間が少し違ったからひょっとしたら娘はもう、待ちくたびれて帰ったのかも知れないとも思うのでありました。そうでなかったら、矢張りアルバイトが決まったからこの時間には墓地に来られなくなったのかも知れません。もしそうなら、少し残念な気もするけれど、それはそれで喜ばしいことには違いありません。そうだ、屹度そうに違いない。
 娘がどんなアルバイトを見つけたのか、島原さんは大いに興味をそそられるのでありました。接客業は随分苦手のようだから、一人でこつこつと作業をするような仕事だったら良いのだけれど。そう云う意味で云えば、嘗て娘が就職したミシン工場のラインの仕事なんかは、娘に最も適していたのではないかしら。
 抱えきれないような色々な経緯があって娘はそこを辞めてしまったけれど、考えたら最初に就職したその仕事を続けていられたら、娘も生活に困窮することはなかったかも知れません。まあしかし、そうなると家族の墓に日参することは出来ないでしょうから、それは娘には不本意なことに違いないでありましょうけれど。それでも職場に毎日顔をあわせる仲間が居て、同年代の話し相手も居るなら、娘は今程に家族の墓に執着しなかったのではないでしょうか。その方が娘には良かったかも知れないと島原さんは考えるのでありました。まあ今となっては自分の何時も時宜を逸する思いつきのような、遅れ馳せの仮定論でしかないのでありますが。
 島原さんは墓の前を去るのでありました。結局その日は娘には逢わず仕舞いでありました。しかし近い内に、娘の家族の墓がここに在る限りまた逢うことも出来るでありましょう。去り際に娘の家族の墓に二本の花を立て、線香に火をつけてそれを香炉に横たえてから島原さんは墓地を後にするのでありました。
 気になって、島原さんは次の日も墓地へ出かけてみるのでありました。しかし娘の姿は墓の前には矢張りないのでありました。屹度その内現れると云う予感すら、全く気配の中に閃かないのでありました。墓石の周りを掃除した様子もないのでありましたから、娘は未だ来てはいないのだろうし、この後も恐らく来ることは、まずないような気がするのでありました。娘の家族の墓の花立てに昨日島原さんが一輪ずつ挿した花が、挿した当初より随分項垂れて立っているのでありました。そう云えば墓もその周囲も、ここ数日手を入れた形跡が全くないなあと思いながら、島原さんは辺りを眺め遣るのでありました。
(続)
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