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石の下の楽土には 67 [石の下の楽土には 3 創作]

 勘定を済ますと島原さんはゆっくり歩いて、引き戸に手をかけるのでありました。拙生はなんとなく島原さんの丸めた背中が妙に寂しそうに見えたものだから、普段はしないのでありましたが追いかけて行って、島原さんを外まで出て見送るのでありました。
「久しぶりにお見えになったのに、騒がしい人が隣りに居て済みませんでした、今日は」
 拙生は島原さんに頭を下げるのでありました。
「いや、とんでもない」
 島原さんが拙生に頭を下げ返すのでありました。「常連さんは、大切にしなければね」
 その言葉はたとえどんな客であろうと、客を批判するようなことは云ってはいけないと、やんわり拙生をたしなめる言葉のようにも聞こえるのでありました。
「今日はお墓には行かれたんですか?」
「ええ、昼間にちょっと」
 島原さんはそう云って上着の襟を立てるのでありました。
「墓地で逢う何時もの娘も心配していたんじゃないですか、島原さんが三日間現れなかったのを?」
「いや、それが、逢えなかったんですよ。実は昨日もそうだったんだけど」
「ああ、そうですか」
「ええ。ま、そんなこともあるでしょう」
 島原さんの言葉がなんとなく寂しげなのでありました。「だから、昨日の話だけど、何時ものようにお花を二本、私が花立てに挿してきましたけどね」
「次のアルバイトが、ちゃんと見つかったでしょうかね、その娘は」
「さあ。それが私も心配なんですが。・・・」
 そこで言葉が途切れるのでありました。
「大分寒くなって来たから、風邪引かないようにしてくださいね。明後日の鍋焼き饂飩は、今日のと少し中の具が違っているかもしれませんよ。毎日少し中身や味を変えてお出しするようにしようって、小浜さんが云ってましたから」
「それは楽しみだ」
「じゃあ、帰り途、お気をつけて」
「じゃあ、これで」
 頭を下げた拙生に島原さんは片手を上げて見せるのでありました。
 ・・・・・・
 墓地に娘の姿は未だないのでありました。島原さんは花束の中から二本の花を抜いて、それを娘の家族の墓石の上に置いて、奥さんの墓を拭き清め、水をかけ、花を供えて火のついた線香を香炉に置くのでありました。そうしている内に娘が墓地にやって来るだろうと思うのでありましたが、一連の作業を終えても娘は未だ現れないのでありました。
 手持無沙汰に娘の出現を待ちながら、次のアルバイトが早速決まって、こんな時間にここへ来れなくなったのかも知れないと、島原さんは考えたりするのでありました。香炉から立ち上る煙がゆらゆらと揺れて、そうかも知れないと肯うのでありました。
(続)
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