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石の下の楽土には 54 [石の下の楽土には 2 創作]

「ま、いいや。そんならオヤジ、今度誘うよ」
 薬屋の主人は小浜さんを見上げながらそう云って、徳利を持つ小浜さんからまた酒を注いで貰うのでありました。
 食事を終えた島原さんがその遣り取りを黙って見ているのでありました。島原さんが拙生の方を見たので、拙生はにこやかに笑いかけながら島原さんに云うのでありました。
「お茶のお代わり、出しますか?」
「ええ、お願いします」
 島原さんは拙生に小さく頭を下げるのでありました。
 ・・・・・・
 拙生の出したお茶を島原さんはゆっくり啜るのでありました。拙生はそんな島原さんを見ているのでありましたが、聞こうとしなくとも、隣りで小浜さん相手にスナック『イヴ』について話す薬屋の主人の声が、嫌でも聞こえてくるのでありました。
「店ではほとんどママは髪をアップにして着物を着てるんだけどさ、色っぽいよ。俺この前ママとカラオケをデュエットしたけど、横で歌ってたら化粧の良い匂いがしてきて、なんかムラムラしたね」
「店では歌ってばっかりですか?」
「そうね。ママと差しで話そうとしても、次から次と客の歌が続くから、煩くてしんみり話しなんかしてられないよ。ママとしても本当は俺と話したいんだろうけど、客の歌が終わる度に商売だから拍手しないといけないしね。店の若い娘に、なんか歌ってくれって俺もすぐ催促されるしさ。百円玉、ガンガン減っていくよ」
「お賑やかな様子ですなあ」
「だからさ、不動産屋が何時あのママを口説いて、今日ここへ連れ立って来たのか不思議だぜ。あいつもなかなか油断のならねえヤツだ」
「焼けますねえ、茂木さん」
 薬屋の主人は小浜さんにそう云われた後、不動産屋と『イヴ』のママの席を体を捩って見るのでありました。それからすぐに体の向きを戻します。
「ああそうだ、ちょっとあの席に邪魔しに行ってやるかな」
 薬屋の主人は自分の徳利と猪口を持って席を立つのでありました。
 見ていると薬屋の主人はママのにこやかな顔に迎えられるのでありました。薬屋の主人は隣りの席から椅子を引き寄せてそこに居座り、二人に混じって徳利の酒を先ずママに、それからママに酌をした手つきに比べれば幾らか無愛想に、不動産屋の社長にも酒を注ぐのでありました。不動産屋の社長が薬屋の主人の出現をなんとなく迷惑に思っている風情が、その背中からこちらにも伝わってくるのでありました。そこへいくと『イヴ』のママの様子は、薬屋の主人が席に混ざるのを歓迎している風に見えます。それは常連のお客さんに対する営業的な寛容さからなのか、それとも薬屋の主人に特別の好意をもっているためであるのか、不動産屋の社長と二人きりでの杯の遣ったり取ったりがあんまり楽しくないせいなのか、そこの処は拙生にはなんとも判断出来ないのでありました。
(続)
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