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石の下の楽土には 33 [石の下の楽土には 2 創作]

「ご免ね、お爺ちゃん」
 娘はひどく情けなさそうな顔をして、島原さんに合掌して見せるのでありました。
「おいおい、私に掌をあわせて貰ってもなあ。それもこんな場所で」
 島原さんがおどけて云うのでありました。娘の顔に弱々しいながらも、漸く薄い笑みが浮かぶのでありました。
 ・・・・・・
 島原さんに徳利のお代わりを差し出しながら小浜さんが云うのでありました。
「それからその娘が、掃除担当になったわけですね?」
「うん、多分私に花と線香を貰うその代わりと云う積りなんだろうけど、なんとなく何時も自分の家族の墓だけではなくて、私の女房の墓の周りも掃除してくれるようになったんですよ」
 島原さんが小浜さんの酌を猪口で受けながら云うのでありました。
「一応は、恩にきる気持ちも持ちあわせてはいるわけだ。まあ、当然と云えば当然の話ですがね。花と線香を貰うばっかりで、お返しに何一つしようとしない娘となりゃあ、アタシが黙っていませんよ。一遍その墓地に乗りこんでいって、このアタシがその娘に説教してやりますよ」
「いや、オヤジさんのお出ましを待つまでもなく、その娘は普通以上の、優しい心根を持った娘さんなんですよ、間違いなく」
 そう云って猪口を唇に載せて傾ける島原さんの顔にも、なんとも優しげな笑みが浮かんでいるのでありました。
「島原さんは墓地でその娘と、どんな話をするんですか?」
 拙生は洗い終った何枚かの皿と徳利を拭きながら聞くのでありました。
「そうねえ、まあ、娘の亡くなった家族のこととか、前に働いていたミシン工場での仕事の話しとか、今の花屋での働きぶりとかかな。私の方は戦前の海軍に居た時の事やら、今の生活ぶりやら、聞かれれば女房のことも話したりするよ。それから、そうねえ、あの世の話とか」
「あの世の話?」
 小浜さんが包丁の動きを止めて顔を上げるのでありました。「あの世の話と云うと?」
「宗教的なこととかそんなに深い内容のことじゃないけど、まあ、墓地に居るんだから、そう云ったのもなんとなく自然に話題になることもありますよ」
「若い娘の好む話題じゃなさそうですね、それは」
「でも、結構色々私に質問したりしてきますよ、その手の話になると。尤も私も不信心な方だから、仏教とかのちゃんとしたところは全く話せないんだけど。屹度、亡くなった自分の家族があの世でどうしているのか、家族が居るあの世と云うのがどんな処なのか、そんな辺りがちょっと知りたいんじゃないですかねえ。矢張り亡くなった家族があの世で幸せにしているかどうか、心配なんでしょう。尤も、あの世が在るとしたらの話ですが」
 島原さんは手酌で徳利の酒を静かに猪口に移すのでありました。
(続)
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