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石の下の楽土には 29 [石の下の楽土には 1 創作]

「その娘はオヤジさんの上の娘さんよりは、少し年上ですね。秀ちゃんと同じくらいかな」
 島原さんは猪口を下に置いて徳利に手をかけながら云うのでありました。
「聞いていると、自分よりはちょっと年下と云うところですかね」
 拙生が応えるのでありました。
「何れにしても若い娘は、アタシの天敵だ。ああいや、女房もか」
 小浜さんがそう云いながら手元の鍋の蓋を空けると、旺盛な湯気と、美味そうな鰯の煮つけの匂いがそこから立ち上るのでありました。
「だからこの店には、若い女性客が少ないんですかね」
 拙生が云うと小浜さんは湯気が顔にかかるのを避けながら鰯の仕上がり具合を菜箸で確認して、そうかも知れないと小声で独り言のように云うのでありました。
 ・・・・・・
 島原さんが墓地に現れると娘はニッコリと笑いかけるのでありました。その笑顔はなにか非常に貴重なもののように島原さんには思えるのでありました。
「はい、これ」
 島原さんはそう云って花を二輪娘に渡すのでありました。娘は遠慮するでもなくしごく当然のようにその花を受け取るのでありました。そうして次に島原さんが線香を差し出してくれるまで、二輪の花を手にした儘島原さんの傍に立っているのでありました。しかしその娘の様子は、別に島原さんの眉根を寄せさせるようなことはないのでありました。
「お爺ちゃんの奥さんが亡くなったのは、何時のこと?」
 島原さんが一通り墓石の前での作業を終えて、合掌の手を解いたのを見計らって娘がそんなことを聞くのでありました。
「二年とちょっと前だよ」
「あたしのお母さんが死んだのと、大体同じ時期ね」
「話からすると、そう云うことになるね」
「お爺ちゃん、寂しい?」
「うん、初めの頃は寂しかったね。でも今は気持ちも落ち着いたから、そうでもないかな」
「あたしは、お母さんが死んじゃった後は、ずうっと寂しい儘」
 娘が云うのでありました。彼女の家族は皆年若くしてこの世から旅だったのだから、それはそうだろうと島原さんは思うのでありました。自分のような老境に在る人間なら何時連れあいを亡くしても、そんなに不思議でも不自然でもないだろうけれど、娘のその若さで総ての家族に先立たれるのは、屹度受け入れがたい程理不尽なことであったろうと推察出来るのでありました。
「お兄ちゃんの二年後にお父さんでしょう。それからその二年後にお母さんが死んじゃって、なんかあれよあれよと云う間に、あたし一人になっちゃったのよ」
 島原さんは娘の方に同情に堪えないと云うような顔を向けるのでありました。しかしこう云うありきたりな表情でしかこの話に対応出来ない自分の態度が、娘の気分を返って害しはしないかと内心ハラハラとするのでありました。
(続)
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