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石の下の楽土には 13 [石の下の楽土には 1 創作]

「いやあ、済みませんねえ、後半はお相手もろくに出来ずに」
 小浜さんが島原さんに頭を下げるのでありました。
「いやいや、本当に楽しかったです。お酒を飲みながら、人とこんなにお喋りをしたのは、何年ぶりだか。秀ちゃんも年寄りの詰まらないお喋りを聞いてくれて、有難う」
「いえ、とんでもありません」
 拙生は顔の前で手をふった後、頭を下げるのでありました。「またその、無愛想で、失礼で、図々しくて、そいで以ってしおらしい娘の話の続きを聞かせてください。なんか気になるところで、話が途切れてしまって、この儘だと臍の辺りが妙に落ち着きませんから」
 拙生の言葉に島原さんは笑うのでありました。勘定を済ませて帰る島原さんの背中には、何時もと違って確かに、満足気な気配が漂っているように見えるのでありました。
「島原さんも寂しいんだろうなあ」
 店を閉めてその日の片づけをしながら小浜さんが拙生に云うのでありました。「近所にも親しい人は居ないなんて云っていたから、普段は何時も一人で、殆ど人と話をする機会もなく暮らしているんだろうなあ。本当は人恋しいんだな」
 小浜さんは菜切り包丁を砥石にかけているのでありました。拙生は洗った皿や徳利や猪口を水切りの中に並べるのでありました。
「でも、人づきあいが下手で、何時も一人で居たい方だってご本人が云ってらしたし。亡くなった奥さんとも、あんまり話をしなかったとも仰ってましたよ」
「そりゃあそうかも知れないけどさ、しかしそんな奥さんとの仲だったとしても、亡くしてみると矢張り寂しいだろうよ。何時も喋ろうと思えば喋れる相手が居ればこその無愛想で、その相手が居なくなったとなれば、そりゃあ侘びしさも身に沁みると云うもんだろう」
「お歳もお歳だし、これから先ずっと一人だと考えると、心細くもあるんでしょうね」
「そうだなあ。その心細さが週に二回の奥さんの墓参りに現れているんだろうなあ。しかし、秀ちゃんは若いくせに、妙にものの判ったようなことを云うねえ」
「自分だって一人暮らしですから、偶には人恋しい時もありますよ。まあ、でも今のところは人と一緒に居て気を遣う煩わしさよりは、一人でぼんやり過ごす方が良いと云う了見の方が、まだ勝ってるかな、大体は」
「俺は秀ちゃんよりは島原さんの方に歳が近いけどさ、それでもまだ一人で居たい方の口だな。家でカカアにがたがた云われるのが嫌さに、店が休みの時は一人で釣りに行くぐらいだからな、俺は。あのカカアの口がこの世からなくなれば、どんなに気楽なことか」
 小浜さんは片目をつぶって、菜切り包丁の刃の砥ぎ具合を確認するのでありました。
「そう云えば、前は奥さんがこの店を手伝ってらしたんでしょう?」
「うん、この店を構えたすぐの頃はね。でも店でも、ああだこうだと指図がましいことばっかり云うんでね、或る日、もう来なくて良いて云ってやったんだ。のべつあの煩い口につきあうのは、真っ平ご免だからね。」
 小浜さんは、本当は違うのでありますが拙生がよく口走ると島原さんに云った「真っ平ご免なすって」に近い言葉を、今自分で云っているのでありました。
(続)
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