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石の下の楽土には 11 [石の下の楽土には 1 創作]

 島原さんの手酌で徳利を傾けるピッチが上がるのを見て、小浜さんは鰤大根の鍋をかけたコンロの火加減をほんの少し強くするのでありました。
「ほう、風変わりな娘さんですか?」
「ええ。歳の頃は、そうねえ、まだ二十歳にはならないくらいですかなあ。小柄で、顔立ちのなかなか可愛らしい娘さんなんですよ。長い髪をゴムで後ろに束ねていて。私がね、何時もの散歩のような墓参りではなくて、その時は丁度女房の祥月命日で、少しは見栄えのする花と線香を持って行った日だったですかね、初めて見たのは」
 そう云い終った後、島原さんが逆さにした徳利から最後の一滴が猪口の中にゆっくり落ちるのでありました。
「鰤大根を出しますか?」
 小浜さんが島原さんに聞くのでありました。
「いや、もう一本つけてもらおうかな」
 島原さんのその言葉は拙生の予測の外でありましたから、拙生は慌てて傍らの一升瓶を取り上げて酒をタンポの中に注ぎ入れるのでありました。小浜さんが先程強くしたコンロの火勢を、さり気なく覚まさない程度の弱火に落とします。
 新しい二人連れの客が扉を開けて入って来たので、拙生は応対のため急いでカウンターを出るのでありました。その二人をいつも島原さんが座っていた席に案内して、注文を聞いてカウンターの中へ戻って来ると、拙生の代わりに小浜さんが燗の上がった酒タンポの酒を一合徳利に移して、島原さんの猪口に注いでいるのでありました。小浜さんが徳利を猪口の横に置くと、島原さんは猪口を取り上げて、僅かに立ち上る湯気の端に口を近づけるのでありました。
 拙生が新しい客の注文を小浜さんに伝え終わるの見計らってから、島原さんが話を再開するのでありました。
「あんまり墓地では人とは出くわさないんですが、珍しくお参りの人が二つ離れた処に居たものだから、お互いになんとなく顔を見あわせたんです。私は自然に軽く会釈をしたんですが、その娘さんは私の会釈を避けるように、プイと横を向くんですよ。なんかまるで私が現れたのが、いかにも迷惑だって云う風に」
「おやまあ、無愛想なと云うか、失礼な娘ですねえ。会釈ぐらい返せば良いものを」
「まあ、若いだけに人慣れていない娘なんだろうと、私もその娘さんを無視して墓の掃除を始めたんです。一通り墓石を拭いて、水入れに水を満たして、花も活けて、墓石に頭から水をかけて、線香も燻らせて、しゃがんで合掌しようとした時、その娘さんがね、急に私の傍に寄って来て、花を二本くれないかと云うんですよ」
「こりゃまた、無愛想で失礼で、その上図々しいときましたか」
「いきなりなにを強請っているんだって、最初私も吃驚したんですが、なんかその娘さんの目が妙に真剣でね、切羽詰まっているような風に見えるんですよ。確かに横目で見遣ると、その娘さんの参っていた墓には、花がなかったんです。私もなんとなく可哀そうな気がしてきてね、二つある花立ての一方の花をそっくり抜いて渡そうとしたんですよ」
(続)
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