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石の下の楽土には 10 [石の下の楽土には 1 創作]

 島原さんが猪口を下に置いて徳利を傾けながら続けるのでありました。「女房の墓参りには、週に二回行きます」
「奥様のお墓は、ご近所なんですか?」
「ええ、少し離れていますけど、歩いて行けます。ほら、この辺は都営のやらなにやらと、墓地が結構たくさんあるでしょう。その中の一つにありますからね、女房の墓は。女房が死んだ時に、こさえたんですよ」
「週に二度いらっしゃるとは、奇特なことですねえ」
「まあ、することもないし、立ち寄るような親しい人も近所には居ないから、暇つぶしの散歩ですよ私のは、畏まった墓参りと云うのではなくて」
 島原さんは照れ臭そうに笑って顔の前で掌を何度か横に振るのでありました。
「それでも、なかなか出来ないことですよ」
 小浜さんが烏賊の一夜干しを盛りつけ終えたので、拙生はその皿と拙生がこしらえた焼酎のオンザロック二杯を盆に載せて注文のあった席へと運ぶのでありました。
「ぼちぼち鰤大根と飯を出しましょうか?」
 小浜さんが島原さんの傾ける徳利の角度を見ながら云うのでありました。
「いや、今日はもう一本つけてもらおうかな」
「ほう、珍しいですね」
「なんとなく、もうちょっと飲みたい気がするんで」
 拙生はその遣り取りを聞きながら、アルマイトの計量用の一合酒タンポに日本酒を一升瓶から注ぎ入れるのでありました。
「しかしなんですねえ、週に二度も奥様のお墓を訪ねられるんですから、ご生前は余程奥様を大事にされていたんでしょうねえ」
 小浜さんが後で出す鰤大根の鍋を火にかけながら云うのでありました。
「いや、その逆で、生きている頃は必要なこと以外は、殆ど口を利かないような夫婦でしたよ。私は人づきあいが昔から下手で、出来れば何時も一人で居たいと云う性分なんですが、長年連れ添った女房とも、そんな風なつきあいでしたかなあ」
「その分、外でおモテになったんですかな、実は」
「いや、からっきし。こんな無愛想で、気の利かない男が女性にモテるわけがない。女房はこんな男と連れ添ったのをさぞや後悔していたろうと思いますよ、死ぬ間際まで」
「しかし結婚されたんですから、奥様も満更でもなかったでしょうよ」
「いやまあ、戦争のどさくさの中、見合いで仕方なく私の処に来たんですよ」
「でも週に二回のお墓参りを欠かさない方ですから、そう仰っていながらも、本当は奥様の事を大事にされていたんでしょうねえ」
「いやいや、違いますって」
 島原さんはそう云った後、思い出したように急に話題を変えるのでありました。「ああ、そう云えばその墓参りなんですがね、時々出くわすんですが、家の墓の二つ隣りの墓にね、かなり風変わりな娘さんがね、よくお参りにやって来るんですよ。・・・」
(続)
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