枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 8 創作]
拙生はもう一度壇の中の吉岡佳世の写真を見つめるのでありました。
<もうお前と話の出来んようになったとなら、オイがこうしてこの寺に来ても仕方なかやっか。この壇も今年の内に引き払われて、お前は岡山に行って仕舞うらしかし、こうやってお前と話せるとも、いや実際はもう話せんようになっとるとやけど、後少しの間て云うとに。もうこうなったら、佐世保に居っても仕様のなかけん、東京に戻ろうかね>
拙生はそんな、面当てとも恨みごとともつかないようなことを口走って、壇の中の彼女の写真に向かって拗ねて見せるのでありました。そうして当然すぐに、自分のやっていることの愚かしさに気づくのでありました。
万年筆をポケットに仕舞ってから、めずらしく拙生はこう云う場所での仕来たり通りに、壇に向かって手をあわせるのでありました。全く当然のこととして、写真立てに納まった彼女はなんの変化もしないのでありました。その明らかに静止した儘の微笑が、詰まり、なにかとても冷厳な事実を拙生に示しているように思えるのでありました。
夕暮れが迫った公園に、拙生は向かうのでありました。冬の到来が間近であることを知らせるような冷たい風が、殆ど葉が落ちた銀杏の木の梢を揺らしているのでありました。拙生は紙袋を傍らに置いてベンチに座るのでありました。もう納骨壇の中の吉岡佳世との交感も叶わなくなってしまって、拙生はベンチから伝わる冷たさのように彼女の不在を痛感しているのでありました。結局一人になってこの公園のベンチに座っている自分が、救いようもなく孤独な存在になり果てたような気分でありました。目や肌に馴染んだこの公園の風景も空気も、寒々としているのでありました。
「井渕、やろう?」
突然拙生を呼ぶ声が背後から聞こえてくるのでありました。男が一人立っているのでありました。それが誰なのか一瞬判らないのでありましたが、しかしすぐに高校三年生の時の同級生だった大和田であることに気づくのでありました。大和田は高校時代よりも前髪が伸びて、少し風貌が変わっているのでありました。
拙生が黙っていると大和田は拙生の傍に来て、遠慮がちに拙生の横に腰を下ろすのでありました。その多少おどおどした様子から拙生は大和田が嘗ての意趣返しに、今ここに現れたわけではないのであろうと判断するのでありました。
「偶然、何日か前からここに、井渕が時々座っとるとば見かけとってくさ、そいで、ちょっと声ばかけたとやけど。・・・」
そう云って大和田は少し笑った後に拙生から目を逸らして続けるのでありました。「まあだ、冬休みでもなかとに、なんで佐世保に帰って来とるとか?」
「学生運動の激しゅうなって、大学のロックアウトになったけんね」
拙生は抑揚のない云い方でそう応えるのでありました。
「ふうん、そうや。・・・」
「なんか用のあるとか、オイに?」
拙生のその云い方は特に意識したわけではないのでありましたが、明らかに迷惑そうな色あいであったたようで、大和田は怯えたように表情を凍らせるのでありました。
(続)
<もうお前と話の出来んようになったとなら、オイがこうしてこの寺に来ても仕方なかやっか。この壇も今年の内に引き払われて、お前は岡山に行って仕舞うらしかし、こうやってお前と話せるとも、いや実際はもう話せんようになっとるとやけど、後少しの間て云うとに。もうこうなったら、佐世保に居っても仕様のなかけん、東京に戻ろうかね>
拙生はそんな、面当てとも恨みごとともつかないようなことを口走って、壇の中の彼女の写真に向かって拗ねて見せるのでありました。そうして当然すぐに、自分のやっていることの愚かしさに気づくのでありました。
万年筆をポケットに仕舞ってから、めずらしく拙生はこう云う場所での仕来たり通りに、壇に向かって手をあわせるのでありました。全く当然のこととして、写真立てに納まった彼女はなんの変化もしないのでありました。その明らかに静止した儘の微笑が、詰まり、なにかとても冷厳な事実を拙生に示しているように思えるのでありました。
夕暮れが迫った公園に、拙生は向かうのでありました。冬の到来が間近であることを知らせるような冷たい風が、殆ど葉が落ちた銀杏の木の梢を揺らしているのでありました。拙生は紙袋を傍らに置いてベンチに座るのでありました。もう納骨壇の中の吉岡佳世との交感も叶わなくなってしまって、拙生はベンチから伝わる冷たさのように彼女の不在を痛感しているのでありました。結局一人になってこの公園のベンチに座っている自分が、救いようもなく孤独な存在になり果てたような気分でありました。目や肌に馴染んだこの公園の風景も空気も、寒々としているのでありました。
「井渕、やろう?」
突然拙生を呼ぶ声が背後から聞こえてくるのでありました。男が一人立っているのでありました。それが誰なのか一瞬判らないのでありましたが、しかしすぐに高校三年生の時の同級生だった大和田であることに気づくのでありました。大和田は高校時代よりも前髪が伸びて、少し風貌が変わっているのでありました。
拙生が黙っていると大和田は拙生の傍に来て、遠慮がちに拙生の横に腰を下ろすのでありました。その多少おどおどした様子から拙生は大和田が嘗ての意趣返しに、今ここに現れたわけではないのであろうと判断するのでありました。
「偶然、何日か前からここに、井渕が時々座っとるとば見かけとってくさ、そいで、ちょっと声ばかけたとやけど。・・・」
そう云って大和田は少し笑った後に拙生から目を逸らして続けるのでありました。「まあだ、冬休みでもなかとに、なんで佐世保に帰って来とるとか?」
「学生運動の激しゅうなって、大学のロックアウトになったけんね」
拙生は抑揚のない云い方でそう応えるのでありました。
「ふうん、そうや。・・・」
「なんか用のあるとか、オイに?」
拙生のその云い方は特に意識したわけではないのでありましたが、明らかに迷惑そうな色あいであったたようで、大和田は怯えたように表情を凍らせるのでありました。
(続)
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