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枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅩⅥ [枯葉の髪飾り 8 創作]

「お兄さんの来とらしたとは、オイ、いや僕も知っとったです。動き出した列車の車窓から、佳世さんの後ろにお兄さんの姿の、ちらって見えたですけん」
 拙生はそう云うのでありました。
「ああ、さくら号の出発するまで、オイは離れた処に居ったけんがね、二人の邪魔ばしたら悪かて思うて。佳世にも傍にくっついてなんか居らんでくれて云われたしね」
 あの日吉岡佳世は体調が悪いところを拙生に微塵も見せなかったのでありましたし、拙生もそうとは全く気づかなかったのでありました。彼女は拙生の門出の時に拙生に心配をさせまいとして、相当頑張っていたのでありましょう。犬のぬいぐるみを見ながら、見事な彼女の餞であったと、拙生は切なく思うのでありました。
「その日家に帰って来て、熱の高うなって、佳世はすぐに部屋のベッドに横になったとやけど、寝とる間ずうっと、そのぬいぐるみば胸に抱いとったとばい。そがんして寂しさば堪えとったとやろうね。なんか妹ながら、いじらしゅうなってきたばい、オイは」
 もう叶わないことではありますが、拙生は激しく吉岡佳世にもう一度逢いたいと思うのでありました。そうして彼女をきつくきつく抱き締めたいのでありました。
「ひょっとして他に、なんか井渕君の欲しかもんとか、あるやろうか?」
 お母さんが犬のぬいぐるみを見つめて言葉を失くしている拙生に聞くのでありました。「もしよかったら、佳世さんの赤い水筒のあったなら、それも頂きたかとですけど」
 拙生はゆっくり顔を上げながら云うのでありました。ふと思いついたから拙生はそれを強請っているのでありました。
「ああ、ええと、確か体育祭の時に佳世が失くして、そいで井渕君が探し出してきてくれた、あの水筒のことやろうか?」
「ええ、そうです。佳世さんが病院に行ったけん、本部席のテントに置きっ放しになっとった、あの赤い蓋と紐のついとる水筒です」
 お母さんは立ち上がって台所の方に行くのでありました。台所の戸棚か何処かへそれは仕舞ってあったのでありましょう。
「この水筒やろう?」
 お母さんはまたすぐに居間に戻って来て水筒を拙生に手渡してくれるのでありました。「そがん云えば、これも井渕君に所縁のあるものやったねえ」
「この水筒も、貰うて、よかでしょうか?」
「うん、よかよか。持って行って」
「有難うございます。そんなら遠慮なく、この遺品は全部オイ、いや僕が貰うて行きます」
「後で邪魔になったら、処分してくれていいんだからね」
 お父さんが云い添えてくれるのでありました。
 なんとなく居間に居る皆がしんみりしてしまって、その後は会話が途切れがちになるのでありました。拙生は饗応と形見分けの礼を篤く繰り返して立ち上がるのでありました。三人に玄関で見送られて吉岡佳世の家を後にしたのでありましたが、少し離れて一度ふり返って、もうこの家に足を運ぶこともこの先ないだろうと思うのでありました。
(続)
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