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枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 8 創作]

「なんか、急に慌ただしゅうなったみたいですねえ」
 昼食の料理を並べ終えて座についたお母さんと目があったものだから、拙生はそう話しかけるのでありました。
「うん、実はそうでもなかと。この話は、もう九月頃からあったとやもん。井渕君には云わんやったけどね。お父さんは佳世の葬儀の後、そがん経たん内に自分の中ではもう決めとらしたごたるし」
 お母さんがそう云った後急に手を一つ叩いて席を立つのは、醤油を持ってくるのを忘れたためでありました。「ああ、仕舞うた、醤油々々。ころっと忘れとった」
「刺身ば食うとに醤油のなかぎんた、どがんもならんやろうに。相変わらずそそっかしかちゃもんねえ、このおばちゃんは」
 お兄さんがそう云ってお母さんが台所に立つのを見送るのでありました。
 卓に並んだ料理は昼食にしてはかなり豪勢で、特に石鯛やきっこりとか白身魚のふんだんな刺身の量に拙生は先ず感激するのでありました。東京では叔母の家で偶に夕食をよばれる時くらいしか刺身などは口にしないのでありましたし、しかも赤身の柔らかい魚が多くて、拙生はきっこりのような歯応えのある刺身の味をすっかり忘れていたのでありました。だからと云って拙生の食事なんと云うものは、目の前の料理を四の五の云わずに手当たり次第がつがつと胃袋に収めると云う流儀でありましたから、賞味すると云う風情は元々希薄なのではありましたが。
「岡山に行ったら、この佐世保の刺身が食えなくなるのは、ちょっと惜しいけどね」
 お父さんが拙生が刺身を頬張るのを見ながら云うのでありました。
「そいでも、瀬戸内の魚も美味かでしょう」
 拙生はそう返すのでありました。
「まあ、そうだけどさ。でもこっちで食った刺身の味は、ちょっと忘れられないね。それに私の処は岡山って云っても山の方だから、子供の頃から普段は刺身なんかあんまり食べなかったし」
「こっちではまるで付出しの感覚で、飯の時はいつも刺身の出てくるばってん、そがん風な感じは京都にもなかもんねえ」
 お兄さんが云うのでありました。
「あたしはそがん思い入れはなかよ、刺身には」
 お母さんが話しに加わるのでありました。「大体小さか時から刺身とか生ものは、あんまい好かんやったし。別になくてもどがんも思わんよ」
「そりゃあ、お袋さんはアンパンとかきんつばとか羊羹とか、そがんとのあれば満足しとるとやけんが、刺身の味なんかよう判らんやろうくさ」
「甘党の人は脇に置いて、さあどうだい」
 お父さんが拙生にビールを継ぎ足してくれようとするのでありました。拙生は頭を下げて箸を置いて、両手でコップを差し出します。拙生のコップに液体が満たされるのを、どう云うものか皆無言で見つめているのでありました。
(続)
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