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枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 冬休みには未だかなり間があるせいか、寝台特急さくら号の指定寝台券はすぐに手に入るのでありました。晩秋の情緒濃厚な山の景色海の景色の中を、拙生を乗せたさくら号は佐世保までの軌道を疾走するのでありました。
 さくら号が佐世保駅ホームに止まると、東京よりは未だ幾らか暖かい潮の香りを含んだ海からの風が拙生を出迎えるのでありました。拙生は改札を出ると何時もの通り四ヶ町までの道を歩くのでありましたが、右手の高台に立つカトリック教会の十字架が晴れた秋空に溶けこんでいるのでありました。教会の前には白亜のキリスト像が街を見下ろしています。別に何の関係もないのではありましょうが、大学がロックアウトになって期せずしてこんなに早く佐世保へ戻って来ることが出来た天の配慮を、拙生はそのキリスト像に勝手に感謝するのでありました。
 四ヶ町を通り抜けてデパートの玉屋を尻目に三ヶ町を歩き、吉岡佳世と最後のデートの場所になった三ヶ町外れの喫茶店に入って、拙生は彼女がここで食した野菜サンドとホットミルクの昼食を摂るのでありました。昼食時で喫茶店の中は結構混んでいて、あの時ののんびりとした雰囲気とは様が違っていたので、拙生は吉岡佳世との外での最後の邂逅を懐かしむ暇もなく、食べ終わると早々にそこを出て花屋に立ち寄るのでありました。
 花屋で小ぶりの花束を買った後は市民病院裏の公園に入って、銀杏の樹の下のベンチに座って暫く秋風に前髪を乱されているのでありました。もうすっかり黄色く変色した銀杏の落葉が、拙生の座るベンチの周りの土を秋の色に彩っているのでありました。銀杏の木の横に吉岡佳世が立って、カメラを構える拙生に笑って見せる姿が蘇るのでありました。
 拙生がなかなか公園のベンチから尻を上げないのは、これから後に行うはずの行為を怖じているせいでありました。それは勿論吉岡佳世の眠る寺に行って、納骨堂の壇に向かうことでありました。拙生が万年筆を彼女の写真の前に置いた後万年筆に何の反応も起きなかったら、拙生の呼びかけに写真の吉岡佳世が表情を全く変えなかったとしなかったとしたら、拙生はいったいどうしたら良いのでありましょうか。
 しかし考えてみればこうして早く佐世保に戻って来ることが出来た天の配慮があったのだから、屹度写真の吉岡佳世とは未だ確実に交感出来るはずであります。そのためこその天の配慮であるはずであります。そのようにことが運ぶために、ちゃんと天が筋立てしたのであります。・・・
 一時間以上も拙生は意をなかなか決しかねて、銀杏の木の傍のベンチから腰を浮かすことが出来ずにいるのでありました。手にしている吉岡佳世へのプレゼントたる先程買った小ぶりの花束が、拙生の臆病を笑っているのでありました。
 折角購入した吉岡佳世へのプレゼントを無駄にするわけにはいかないと、拙生は漸くに立ち上がるのでありましたが、寺に向かう決意の裏打ちが、贖った花束を惜しむ吝嗇と云うのもなんとも情けない話しであります。しかし兎に角拙生は寺に向かわなければなりませんし、その契機はこうなったら何だろうと構わないのでありました。
 拙生は騒ぐ心臓を抑えて寺の門をくぐるのでありました。こんなに臆病だったとは今の今まで知らなかったと、靴を脱ぎながら拙生は自分で自分を笑うのでありました。
(続)
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