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枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅥ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 拙生はそれなら冬休みの前倒しで、早々に佐世保に帰ろうと思い立つのでありました。夏休みにはぐずぐずしていて帰郷が遅れたのでありましたが、今度に限って矢鱈に気が急くのは、吉岡佳世と交感するためには佐世保の納骨壇の前に立つしかないからでありました。アパートの机の上の写真は万年筆を前に置いても、なんの反応も示さないのでありましたから、彼女との交流は東京では不可能なのでありました。それに自分から人間の感情が段々消え失せるのだと納骨壇の吉岡佳世が云っていたのでありましたから、なんとしてもその前に拙生は彼女の傍に帰らなければならないのでありました。冬休みまでの一月余りの時間を棒にふれば、ひょっとして取り返しのつかないことになるかも知れません。大学がロックアウトになったのは、もしかしたら天の配慮なのではないか等と拙生は考えるのでありました。
 帰郷する前に拙生は山口のアパートを訪ねるのでありました。大学のロックアウトの解除とか、なにか動きがあったら佐世保の実家の方に知らせてくれるよう依頼するためでありました。山口は先ず間違いなく年内の講義再開はないだろうと云うのでありました。
「他の大学とも連携して、かなり大がかりな闘争に発展しそうだぜ。もしかしたら来年の入試も出来なくなるかも知れない情勢だな」
 山口は顎をなでながらそう自分の観測を披歴するのでありました。
「山口もヘルメット被って闘争に参加するんじゃないかって、広瀬が云ってたぜ」
 拙生が云うのでありましたが、広瀬と云うのは大学がロックアウトになったと拙生のアパートまで知らせに来てくれたあの友人の名前であります。
「ああ、大学当局がこれ以上強硬な対抗措置に出てくれば、場合によっては俺も自治会と行動を共にするかも知れんな」
「それはお前の、義憤みたいなものからか?」
 山口は拙生よりは二つ年上ではありますが大学の同級生と云うことで、なんとなく拙生も他の友人達も彼に特別の敬意を示すこともなく、他の同年齢の友人と話す時と同じようにぞんざいな口の利き方をするのでありました。それに山口自身もそれを別に気にする様子は全くないのでありました。
「まあ、そうだ。已むに已まれぬ大和魂だ」
「お、吉田松陰か。なんか右側の人みたいだな、その云い方は」
「心情と云う一点は、同じかも知れん。ま、判ってくれとは云わんから、棄て置け」
「その義憤を横目に、これ幸いと俺が佐世保に帰るのも、なんか気が引けんでもないな」
「気にするな、個人の問題意識の違いだから。ああ、これは意識の程度をどうこう云ってるんじゃなくて、感受性の違いと云う意味だからな。別に俺が高慢を気取っているんじゃないぜ、云っとくけど」
「まあどっちにしても、結局俺の頭には、ヘルメットは馴染まんだろうからなあ」
 前に駅前で拙生をオルグしようとした連中とは違って、山口は議論を吹っかけて友人連中を闘争に引きこもうとする意図があるわけではないのでありました。考え方の上でお前はお前俺は俺と云う節度を、クラスの友人間ではあくまでも保っているのでありました。
(続)
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